第 11 回 武蔵野市第五期基本構想・長期計画策定委員会

第 11 回 武蔵野市第五期基本構想・長期計画策定委員会

11 回 武蔵野市第五期基本構想・長期計画策定委員会

議事要録

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■日 時 平成

23 年7月 26 日(火)午後7時 00 分~午後9時 20 分

■場 所 市役所

802 会議室

■出 席 山本泰委員長、見城武秀副委員長、

小竹佐知子委員、近藤康子委員、作部径子委員、前川智之委員、松本すみ子委員、

会田恒司委員、

(井上良一委員、欠席)

事務局(企画政策室長、企画調整課長、政策調整担当課長(他)

■傍聴者 4名

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1.開 会

2.議 事

事務局:〔配布資料の説明〕

委員長:資料6の市民意識調査というのは葉書のもの(全世帯対象の市政アンケート調査)ではないと

いうことか。

事務局:それとは別に、無作為抽出した市民に回答をお願いするものだ。

事務局:〔資料2の説明〕

先施策」の下に分野があり、その下に施策の体系があり、施策があり、事業があるという構造だ。

「ビジョン」というのは「目指すべき社会像」といったほうがわかりやすいかもしれない。

キャピタルは豊かな社会であるとか、「緑」というのは人と自然のアメニティとか、つながりが

うまくできている社会だという意味である。「持続可能性」というのは、今の世代と次の世代の

つながりができているということではないか。そういうものがあることを念頭に置いて、「本計

画の基本的な考え方」は、もちろん基本は行政計画かもしれないし、行政を進める上での基本的

な考え方かもしれないし、もっと広くみんなが参画するまちづくりの基本的な考え方ということ

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営」は狭いほうの行政計画としての市政運営ということか。

事務局:いろいろな意味があると思う。

委員長:5つ目の「市民文化・自治体文化の醸成」が上位のレベルに出てくることは今までなかったか

もしれない。

事務局:全体を通すと、文化をどうとらえるかというのは、討議要綱からずっと議論が続いている。ど

ういう目線で文化を見るかというところでいくと、もっと大きな横串として考えるべきではない

かということで、上の階層に上げてみた。

委員長:資料2は大体このようになっていて、これを資料3で短く言葉にしていただいている。

委 員:横長の紙は編集構成と思えばよろしいか。

委員長:冊子になったときの章立てがまだ流動的だが、コンセプト上のツリーだ。

(1)基本的な考え方について

事務局:〔資料3の説明〕

委 員:解釈の仕方を教えてほしいのは、3の「市民生活視点の重視」は、今後法令の空白領域で起き

てくるさまざまな問題を、地方行政は根拠法がないから知らないというわけにはいかないので、

課題をとらえ直して工夫するという理解でよろしいか。

事務局:そうである。

委 員:この文章は全体的にだれが主語なのか。市民自治の原則を継承すると考えたのはだれか。市民

が考えたとするならば、もう少し違う書き方のほうがなじむのではないか。

委員長:市長を代表とする市が全部主語だといえばそれまでだが、それならば我々がこれほど長い時間

をかけて議論する必要もないわけで、その辺がいつも悩ましいところだ。

事務局:行政の側でつくらせていただいた、たたき台ではあるが、目線はあくまでも市政がどうなって

いくのかを書いているつもりで、決して市役所がという目線ではない。

委員長:市の行政と市政は同じではないということか。

事務局:行政運営よりは広い概念で、議会も含めた市政運営のことである。市民を代表する形での議会

と市長により運営される政府の運営の方針という大きな意味である。

委員長:そこまでの意味を理解するのは、なかなか難しい。

事務局:ただ、直接民主主義ではなく、代議員制なので、市民の代表である市長と市議会の中で動いて

いくのだから、あくまでも市政というときは市民の皆さんにかかわってこないと、機関としてか

かわってくるだけではおかしいのではないか。

委 員:都市計画マスタープランを読み返したら大変よくできていた。まちづくりは人づくりであり、

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人づくりはまちづくりという観点で、ハードだけではなく、都市の生活像、こういう生活をして

いるために、こういうまちをつくると書かれていた。ただ、その生活像がもう少しわかりやすい

プロファイルにしてくれたらよかったが、つくり方としてはすごくわかりやすかった。

その意味では、「ビジョン」のところに、

10 年後の武蔵野市のまちはこうなってほしいとうた

われていて、その下の「基本的な考え方」が、それを受けてどういう位置づけになっているかと

考えてみると、まだ少し見えないところがある。

委員長:目指すべき社会像をブレイクダウンしたものではなく、目指すべき社会に至るための基本的な

アプローチ、方法論ということか。

委 員:「ビジョン」のところがまだ今後議論していくことなので見えていないため、5つの箱がある

「本計画の基本的な考え方」とどうリンクするのかもなかなか見えない。

委員長:「広域連携の推進」は行政の手法だが、そういうものから「市民自治の原則の継承」まである

なかで、「文化の醸成」が最後に出ている。ライフスタイルみたいなものを開発するというか、

市民の間で醸成していくことで、上のような「目指すべき社会像」をソフトの面からつくり出し

ていくと考えれば、「文化の醸成」がビジョンにあってもおかしくないし、重要なことである。

事務局:もともと「持続可能性」はその下の「基本的な考え方」に入っていた。逆に「市民文化・自治

体文化の醸成」をビジョンに上げれば座りがいい。QOL(

Quality Of Life)の関連で、「コミ

置き方がずっと議論になっている。世代を超えた持続可能な市政運営という考え方で、今回は「持

続可能性」を上に上げている。

真ん中は人と自然のインターフェイス、右は今の世代と次の世代のインターフェイスという三つ

の構成にしてしまえばいいかもしれないということだ。

以上のものにするための実質的な内容は何なのかを考えておく必要がある。前回の委員会の傍聴

者の方からの意見提出で、「市民協働」という単語が全然入っていないという意見があるが、確

かに市民協働という言葉が今回ほとんど使われていない。昔から武蔵野市では、コミュニティ構

想とかさまざまな計画を考えるときに、市民が参加するという形で、市民協働がすごく先駆的に

行われていた。ところが、今は逆にそれが縛りになってしまって、これまでのやり方が、新しい

市民協働のあり方の発想を狭めたり、芽を摘んだりという面がなきにしもあらずのような気がす

る。これまでの市民と市の関係について、政策決定の場面でかなり大胆に発想を変えていかない

といけないのではないか。さまざまな個別計画を見ても、長い時間をかけて提案され、中間報告

を必ず出して、パブリックコメントをとっているが、出てくるコメントといえば、現状を変えよ

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うとする政策に対する反対意見やら、もっと市民の意見をきいてほしいなどが非常に大きな比率

を占めてきている。市役所からすれば、ちゃんと説明しているし、市民の方も参加してつくって

きているといいたいのはよくわかるが、市民を実質的に巻き込んで、意思決定、政策決定をする

やり方も工夫していいのではないか。具体的にいえば、単に市民を委員会に入れるだけでなく、

新しいワークショップを試みるにしても、特に政策に直接かかわる人たちについては、この問題

はあなたたちに物すごく関係があり、それについてはこういう論点があって、こういう考え方を

とればこういう結果が生じるが、こういう考え方をとればこういう結果が生じる、どちらに進め

ばいいと思うかぐらいのかなり突っ込んだ形での論点の提示と議論を積極的にするようなプロ

セスを模索してもいいのではないか。市民協働という言葉を使うかどうかは別の問題として、政

策決定過程に市民が関与するプロセスのあり方の再検討とか、そういう視点が「基本的な考え方」

か「基本課題」に入ってもいいのではないか。パブリックコメントを見ていると、建設的な意見

はかなり少なく、出されたものに対する反対が多い。そうならないようにするにはどうしたらい

いかを、この

10 年で積極的に考えていく必要があるだろう。

事務局:まさしくそれが市民自治による市民福祉の実現の意味だ。利害関係者だけの意見ではなくて、

13 万人の市民が 500 億円の財源をどう使うか、もう少し総合的な観点で、論点を整理して、全

員にお考えいただく。それが市民自治、市民主権なので、そういう市民自治を目指すという方向

性はあると思う。武蔵野市は、そういう工夫をずっと積み重ねてきても、サイレントマジョリテ

ィー、関係していない方の意見をなかなか酌み上げられないので、なかなか難しい大きな問題で

ある。

「基本的な考え方」の最後の「文化の醸成」については議論の余地があるが、ほかの4つにつ

いては、それほど難しいことではないだろう。それを受けて「基本課題」の中でコミュニティを

検討したり、行政サービスの連続性の話につながっていく。そういう意味では、「基本的な考え

方」は、みんなで大事にしながら、課題も解決しながらやっていこうというのが次の課題提示に

なっていると考えている。

委員長:「基本的な考え方」の下に「市政を取り巻く主な動向」というのがあるが、そのつながりの質

みたいなものを広げたり、高めたりするときのアプローチとして、今までいわれている市民自治

をとらえ直していくとか、広聴という形で課題を聞き取ることにまで踏み込んでいくとか、正し

いコンセンサスを目指すとか、そういうことがもう少しここに入っているとよい。

事務局:論点整理した情報提供は私も課題だと思う。ただ、利害関係者ではない方に、どこまで上手に

情報提供できるかは非常に難しいことだが、努力はしないといけない。

委 員:資料2はよくわかるが、資料3になった途端に、それぞれの中身が全部同じことが書いてある。

それでは具体的に何をするのかということが、いつまでたっても見えてこない。

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委員長:その気持ちもよくわかるが、この辺は結構難しいところだ。

事務局:資料2のように、流れの中で読み解いていくものが計画ではないかと思う。ある断面をつかま

えて一話完結というよりも、そこからつながって、課題になったり、施策になったりする。5つ

の「基本的な考え方」から、社会の動向を踏まえると、こういう課題が出てきて、優先的にこう

いうふうに取り組んでいくというような、ストーリーのパーツとして読まないといけないのでは

ないか。

委員長:おっしゃるとおりだ。さらっと書いて1ページぐらいで済ませたいのか、それとももっと大き

く書き込んでいくのか。つまり、確認事項的に書くのか、それとも、ここにも売りをつくるとい

うか、目指すべき社会像には新しいアプローチや工夫が必要だと強く訴えるように書くのか。そ

れは最終的には落ちつきどころを決めないといけない。

(2)市政を取り巻く主な動向について

事務局:〔資料4及び資料6の説明〕

委員長:平成

15 年調査と平成 22 年調査を比較すると、ゴッシク体のところは7年間で随分違いが出

ている。

事務局:平成

15 年は訪問回収方式で、調査員が訪問していたが、平成 22 年は自分でポストに投函す

る方式に変えた。訪問ならサイレントマジョリティーの意見も収集できるが、自らポストへ投か

んするだけだと、回収率のパーセンテージが

72%から 48%に落ちている。

委員長:面接法ではなくなり、郵送法になったのなら、基本的にそのデータは比べられない。

事務局:訪問を負担に感じるとか、プライバシーの問題もあるため、訪問で回答していただくことがな

かなか難しくなってきている。

委 員:訪問されると、だれが回答したのか、その場で見られるのが嫌だから、幾ら封をしたとしても、

本心は書かないというのが一般的な傾向である。その辺のバランスがあって、訪問のほうがたく

さん積極的に書いてくれるという見方と、ポストに投函するほうが、自分の身分が知られないで、

いいたいことが何でもいえるというのと、両方の見方がある。

「地域への関心度」が平成

15 年の 18%から平成 22 年は倍増している。多分これが全部に影

つ”し、“自分たちは努力しようと思う”というところが高まっているのではないか。

委員長:郵送法は、関心のある熱心な人がわざわざ自分のエネルギーをかけてやることなので、むしろ

少数精鋭で、コミットメントの強い人の意見が出てくるということは基本的にいわれている。し

かし、全体として見ると、答えている人が非常に内向きな感じがする。自分の身の周りのことに

興味を持ち、市政というのは遠いところのものだという印象である。日本の政治全体が、国会も

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含めて何をやっているのだろうという世の中の風潮を反映しているのかもしれない。それにして

も随分大きな変化だ。

「必要な情報は得られている」というときの「必要」というのは、ごみの捨て方と曜日がわか

っているから、もうそれでいいといっているように思える。でも、「武蔵野市政はうまくってい

る」で、「そう思う」が

10%下がったのは随分大きい。この間に前市長と現市長が交代する市長

選挙もあったわけだ。市長がかわったこともあるし、国民の政治に対する意識も非常に変わった。

信頼がなくなった。この調査はかなり手間をかけてやってくれたと思う。行きも帰りも訪問方式

を、行きも帰りも郵送でやるのは、もちろん経費の問題が大きいわけだ。

事務局:国勢調査も郵送、インターネットになった。マンションのオートロックがふえてしまって訪問

では集められない。

20 年以上前の集合住宅ならば、可能性は少し高まるかもしれないが、今の都

心部のオートロックつきのマンションはなかなか部外者を入れてくれない。市民の皆さんの全体

像をつかむのはどんどん難しくなっている気がする。

副委員長:調査対象年齢は何歳から何歳までか。これは完全なランダムサンプリングか。

事務局:満

20 歳以上の方が対象で、無作為抽出である。

委 員:

3500 人中 1600 人が回答したというのは結構な数字だ。

副委員長:全市民の1%だが、郵送で回収率

47.8%は高いほうだと思う。

事務局:継続的にこの調査をやっている方とか、各業者の方の意見を伺ったところ、武蔵野市はほかの

市に比べると、まだ回収率が高いほうである。

委員長:高いと思う。こんな数字にはならない。広聴で市民のニーズや意見を聞き取ることも、どんど

ん難しくなってくるということだ。資料4はどうか。

事務局:資料4のアスタリスクのところだが、おおよそこのような要素でよければ、とりあえず事務局

でたたき台の文章をつくらせていただきたいという提案である。

委 員:ツリーでいくと、どこに入ってくるのか。

事務局:先ほどの横長の表(資料2)の真ん中にある「市政を取り巻く主な動向」である。

委員長:項目立てとか順序について意見があればいただきたいが、どちらかというと、書き方や表現の

話だと思う。「市政を取り巻く主な動向」は、羅列的に、こういうこともある、こういうことも

あると書いている。その辺のめり張りのつけ方をどうするか。大きくいえば、「1 主な状況等

日本大震災の影響」は脆弱さだ。2つの違うことがセットになっている。上段は慢性的な課題で、

下段は緊急の課題だ。慢性の課題と急性の課題の両方を併発していると解決はなかなか大変だ。

上段を、地域社会のほうから書くか、もう片方は、グローバル化と書いてあるから大きいわけだ

が、ミクロのほうから書くか、マクロのほうから書くか。あるいは今のだと、国のレベルからま

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ず書いて、ユビキタスはグローバルのことかもしれないが、これでどんどん市のほうに近寄って

いくという書き方になる。

委 員:1番と2番のボリューム感はどうか。

事務局:ここで余り字数を費やすのも、読む方にとってはつらい話だと思う。読まれる方が、そういう

環境があると把握できるぐらいで、特に上段のほうは列挙ぐらいでいいのかもしれない。下段の

「東日本大震災の影響」については、恐らく長い計画行政の歴史の中でも、なかなか起こらない

ことでもあると思うので、どういう影響があるのか、もう少し文章化して示したほうがいいのか

なと考える。

委員長:多分今回は特にそこに関心を持たれるだろう。先ほど「目指すべき社会像」というところで僕

が述べたように、豊かな社会の飽和と脆弱さというものが同時に進行していて、そういう大きな

文明社会の転換、都市社会の転換の中で、人と人のつながりとか、人と自然のつながりとか、世

代間のつながりとか、そういうものが目指すべき社会の価値として浮上している。そういうよう

な位置づけで書いていって、それの飽和と脆弱さの肉づけについては、列挙するというか、箇条

書き的に、しかるべき分量でおさめていく、そんな感じでよろしいか。

(3)基本課題について

事務局:〔資料5の説明〕

委員長:下から9行目に「ぬるさ」と書いてあるのは、「ゆるさ」だ。ウィーク( weak)だ。

副委員長:弱いきずなの弱さだ。

委 員:「『ゆるさ』をもった、緩やかなネットワーク」ということか。

委 員:「ぬるさ」というところに意味を持たせた。

委員長:「ぬるい」というのかな。

副委員長:「ゆるい」でもいい。

委 員:「地域社会像を共有するためには」の3段落目と、その次の4、5段落目で言及されている地

域活動というのが、端的にいってしまうと、物すごく狭い地域活動のことのように読めてしまう。

例えばコミュニティ協議会等に読めてしまうけれども、こういう形の批判は、ある面ではそのと

おりなのだろうが、それはずっと地域を担ってきた人たちに対してこういう批判の仕方をするの

ではなく、もう少し違った書き方ができないだろうか。

あと、地域活動には、コミュニティ協議会だけではなく、もっと広範で多様な地域活動もある

と思う。ここでいう地域活動は、何となく官製ボランティアのような感じがするが、もっと楽し

い地域活動もある。ここはごく一部の活動についてすごく詳しく述べてしまっている気がする。

事務局:私もここは少し乱暴だなと思っているが、逆にこうこうことを避けてもいいのかなと考えてい

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る。いろいろな公募市民会議やワークショップで出てくるのは、コミュニティセンターはだれが

運営しているか、何のためにやっているも知らないし、1回寄ったことはあるが、もう2度と行

かないという方が物すごく多い。ということは、ある意味、ある断面でしかないと思うが、避け

ていいのかなという問題提起でもあるので、それについてご議論いただいて、文を修正していき

たい。

副委員長:別にこれはコミュニティ協議会のことだけをいっているわけではない。青少協とかいろいろ

ある。

委員長:地域コミュニティといわれて、みんなは何のことを思い浮かべるか。本町3丁目の地域コミュ

ニティはどこにあるのかと聞かれても、何か全然像を結ばない。だから、コミセンの話なのか、

青少協の話なのか、その辺がぼけている。

委 員:なかなか意見が吸い上げられない、サイレントマジョリティーという人たちも、個人的な活動

を通して、あるネットワークを持っている。

事務局:コミュニティの定義がすごく難しいと思っているが、あえて3段落目からコミュニティという

言葉を使っていない。いろいろな活動において、活動している側の疲弊であったり、担い手不足

というのは、どこでも共通して起こっている。どこでも起こっているのが、市民のマインドが変

わればという厳しい期待値ではなく、お互いに変わるところがある。要は、団体のマネジメント

としても変わるところがあるのではないかというのが、きっと活動に参加していない市民の方の

大きな声として、私はいろいろなところで受けとめたつもりなので、その一部分だと思っていた

だければありがたい。

委 員:もう1点は、地域コミュニティのあり方のところで、行政が過去

30 年間どういうふうな形で

コミュニティを支援してこられたか。確かにコミュニティセンターをつくっていただいて、毎年

補助金をいただいて、自由にやっていいと任せていただいて、それはそれで多分市民の側として

もすごくやりがいもあることではあったと思う。しかし、時代が変わるにつれて、その時その時

に応じた支援の仕方もあったと思う。自主三原則もあって、行政が何かとタッチできなかったと

は思う。

事務局:むしろするべきではなかったと思っている。

委 員:するべきではなかったかもしれないが、その辺の議論はもっとしないといけない。しかし、時

代によって変わってくるところもあるので、そこでこの文章は、行政が何をするかということが

全然書かれてないというか、見えてこない感じがする。その辺、市民が自分たちだけで解決して

いかなくてはいけない問題なのだろうか。

事務局:それこそ主語を書いているわけではないから、市政の問題として書いているつもりだ。ただ、

そうは読めないというのであれば、それは変えていく必要があると思う。

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委 員:もちろんコミセンが閉鎖的になっているとか、そういうことも十分わかる。しかし、そこでも

う少しいろいろな人がかかわりやすいような基盤づくりを、行政のほうも、多分いろいろ意見が

違うとは思うが、その辺も含めて策定委員会で何回もいっているのだから、行政と市民の関係性

を考え直したり、お互い共有する必要があるのではないか。

委 員:コミュニティセンターに全くかかわりを持たないで

40 年間市民だった人間からいうと、地域

コミュニティのあり方の検討というときに、いきなりコミュニティセンターが出てくるのは非常

に不思議だ。地域コミュニティとは何なのかといったら、町内会があるべきだということも全く

知らずに、

40 年間平和に暮らしてきた。はっきりいって、それが大半だと思う。そういう人たち

にとって、地域コミュニティのあり方を考えようという呼びかけであったときには、コミセン

云々とか、コミセンが閉鎖的な団体云々という話で地域コミュニティのあり方を検討するのは違

うのではないか。地域コミュニティのあり方だけを検討する委員会ならそれでもいいが、

10 年間

の計画を考えて、そのときに震災もあれば、少子化もあって、高齢化もあって、財政も大変にな

ってくるときに、地域コミュニティがどうあるべきかという話をすべきであって、各団体がいろ

いろ困ったことがあってという話はやや小さ過ぎるのではないか。

もし書き直すとしたら、いきなりコミセン云々ではなくて、2段落目の「今日、近隣関係はい

っそう希薄化しており」、これを一番最初に持ってくるべきだろう。むしろこちらがあって、地

域社会像を共有するためにはいろいろやらなければならない。さまざまな団体があるといった上

で、さらにコミセンについて論じていって、閉鎖的な部分もありという話にやっとなるのではな

いか。いきなりコミセンのことを書かれるのはどうか。

事務局:いや、コミセンのことを書いたわけではない。上の2行は今までの成果を書いている。

委 員:成果を書くにしても、地域コミュニティのあり方を評価するときに、いきなりコミセンの話を

持ってくると、自分はコミセンには関係がないという人は、多分市民に7割いらっしゃると思う。

その7割に思いをいたしながらコミュニティのあり方を書いていかなければいけない。

委 員:きょうの議論の大きなところは、今まで主人公としての主語名詞を持っていなかったサイレン

トマジョリティーの人を巻き込むけれども、主語が何かわからないということも含めて、それこ

そが大きな仕組みづくりなのだろうが、問題とか課題の内容はわかっていても、それに対する具

体策みたいなものを策定委員会では持っていない。そこの提案ができないので、そこは個人的に

も非常に歯がゆく思っている。ただ、具体的な文章として起こしていくときに、机上の空論では

ないが、解決策は示さないけれども、やろうというスローガンだけを上げる形にならざるを得な

いので、どうしたものかなと思う。

委員長:きょうのつながりで出てきて、ようやく中身に触れて、ある文章が出てきたら、いきなりコミ

センが出てきたというのは間が悪かっただけなので、大丈夫だ。もちろん調整していくが、基本

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課題なので、ある意味では横軸的な視点だ。だから、地域コミュニティというと、何のことをい

われているのかまずわからないと思うけれども、生活に根差した人と人とのつながりのことだ。

やはり近隣だ。それは福祉の分野でも、教育の分野でも、緑の分野でも、いろいろなところにあ

る。そういうことを頭に置いて書いていって、コミセンの話はもっと中のほうに埋め込んでいっ

て、分野の市民生活のほうに移すとか、もう少し横書き的に見ていく。委員の皆さんは地域コミ

ュニティといわれたら、何のことだと思うか。あなたにとって何のことか。

委 員:向こう三軒両隣。

委 員:近所づき合い。

委 員:コミセンというと、あの辺にある建物で、何かいつもやっているが、うちは関係がないという

印象になりがちだ。マンションに住んでいると、割とマンション全体は1つのコミュニティがあ

る。一軒家に住んでいると、向こう三軒両隣で、どこに行くかはいわなくても、ちょっと1週間

ほど留守にするのでと声をかけられる程度の関係。あるいは、だれかのお父さんが亡くなられた

ら、とりあえず必ずお焼香に行く。でも、どうして亡くなったのかはお互いに知らなくてもいい

という感じのゆるさ。何かあったら走ってきてくれる。

委員長:それはある意味、健全な地域コミュニティで生活しているから、コミセンなんて遠いところに

あるのかもしれない。近所に住んでいて、ちゃんと「こんにちは」とあいさつするし、ごみを出

すときは、カラスにつつかれないように、ちゃんと網をかけて、近所に迷惑にならないようにす

るということだ。

委 員:私は

13 年住んでいるが、隣の人は知っているけれども、その向こうの人とは口をきいたこと

もない。

委 員:もちろんしゃべったこともないけれども、この顔の人はそこの家の人だという程度は知ってい

る。それがゆるさであって、おつき合いがなくても、向こう三軒両隣というのは、例えばその家

に「忌」と張ってあれば、黒い服を着てお線香を上げに行く。

委 員:最近は亡くなっても全く何もいってこない。

委 員:それでもこの人はこの地域にいたらおかしい、例えば泥棒かもしれないと疑うのではなくて、

あそこの人だなと、名字も名前も知らないけれども不審者ではないとわかる。隣の人だけしかつ

き合ってないではなくて、もう少し広い範囲でのコミュニティは恐らくある。

委 員:何かあったときに、例えば救急車がきたら、今まで全然口をきいたことがない人でも、「どう

したんでしょうね」ぐらいのことはいう。その辺がゆるさかな。隣の人だということを知ってい

る。

委員長:男の人にとって地域コミュニティとはどういうものか。

副委員長:多分僕は全く平均的な男性ではないので参考にならないかもしれないが、地域コミュニティ

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は、会ったらあいさつするとか、あと、うちの場合、子どもが小さいので、近所の子どもがいる

家庭とはつながりができるから、それはコミュニティの1つだ。あとは、ごみの話でいえば、う

ちのごみがカラスに荒らされたときは、向かいの人が片づけてくれたこともあるから、孤立して

いるわけではないと思う。ただ、プライベートな話になるが、去年引っ越してきたけれども、家

を建てるときに、隣家と結構トラブルがあって、そっちの家とは交流がない状態だ。近いがゆえ

の難しさは当然ある。

委 員:以前、委員長がいわれた話で、いろいろなつながりがあって、例えば子どもが幼稚園だと、家

は遠いけれども、親が仲よくなる。小学校に上がると、大体小学校近辺で、お父さんは何をして

いるか知らないけれども、仲よくなって、いろいろな話をする。そうかと思うと、向こう三軒両

隣みたいな形もある。また定年退職して、コミセンに行ったり、図書館に行ったりしていると、

何となくお友達になって、いろいろなつながりが緩やかに結びついていて、それが小さい輪が幾

つかになってくる。そういうのがいいつながりかなと思う。

だから、無理やり何丁目から何丁目の人はこのコミセンに行けとかいう話ではなくて、行きた

い人はもちろん行ったらいいし、積極的にここに書いてあるNPОとか、「この指とまれ」で活

動される方もいるが、いなくても、それなりに自分が生きている限り、地域のつながりができて

くれば、絶対参加しないあそこのおばあちゃんは、きっとひとり暮らしに違いないだろうといっ

て、例えば東日本大震災が起きたときには、あそこのおばあちゃんは大丈夫でしょうかと、だれ

かれとなくいう。赤の他人でも、この人は近所だと思えば気にかける。そこを醸成していく行政

の役割があるのではないかと私は思う。

委員長:つながりのつながりだ。つながりをつなげる。

委 員:前に委員長がいわれたキーワードはつながり合う社会だ。

副委員長:コミュニティといったときに、必ずしも地理的な近さは関係がないと思う。子育てつながり

でいえば、例えば保育園の同級生の家は、いろいろな地域に散らばっている。でも、その人たち

とりをしたときには、そこに地域のつながりが生まれていると思う。さらにいえば、顔を合わせ

たことはないが、ネット上で、同じ地域をテーマとする集まりで、コミュニケーションをしてい

るというような関係も、やはりコミュニティだとは思う。

話を大もとに戻すと、書き方の問題が非常に大きい。これまでのコミュニティのつながりのあ

り方というものに対する評価も書いてあると思うが、それは一定の役割を果たしてきた。ただ、

その問題点として、例えば担い手がどうしても固定化してしまう。また、多様性という意味では、

これまでのネットワークは非常に多様性に欠けている。例えば、コミュニティ協議会の人たちが

青少協のメンバーとも重なっている。同じメンバーが物すごくたくさん重なっているので、なか

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なか網が広がっていかない。それをもっと薄く広く網を何重にもかけていくことで、より広い人

がつながっていくような状況に切りかえていかなければいけないと思う。いつも同じメンバーが

いるというのは、これまでそれが一定の役割を果たしてきたけれども、やはり状況が変わってき

ているので、ネットワークのあり方を組みかえていかなければいけないのではないか。過去を評

価し、問題点を指摘し、それを解決するためにどうすべきか。考えてみると、そういうふうに書

かれているのだけれども、なぜ攻撃的な印象になるのか。

事務局:ストーリーとしては、中段のところを取ると、すごく読みやすいと思う。実はあえて中段を書

いたのは、事務局からの問題提起として、担い手論をしたときに、今、副委員長がいわれた、広

がらない、同じ人がやっているというその中を構造的に変えない限りは、同じ不平をずっといい

続けるのではないかという危惧があるからだ。

それをどう見るのかというところに、過激なことかもしれないが、あえて担い手論を、「市民

の皆さん、どうですか」と呼びかけるだけでなく、これは委員長が昨年末のシンポジウムでいわ

れていて、私はすごく印象に残っていることだが、こういうことに対するマネジメントをどうし

ていくのかというところの論点をいわなければ、いつまでたっても傷をなめ合うだけの議論で終

わってしまって、果たしてそれでいいのかというのが事務局からの問題提起だ。書き方は非常に

ぶしつけで申しわけないが、そこを議論しなくていいのだろうか。

委 員:話が若干前後するかもしれないが、課題Aの構成の問題だが、下から2段落目に「このような

ことを踏まえて」云々という文章がある。この前は全部前提となる背景の部分の記述だ。「この

ようなことを踏まえて、地域活動の活性化に向けて」、これが課題Aの目的の部分だ。その目的

を達成するために、既存の活動ネットワークの見直しと、新たなネットワークづくりに取り組ん

でいく、これが課題Aのやるべき今後の

10 年ということで読んでよろしいか。

事務局:はい。

委 員:そのための具体的な方法として3つ挙げてあるということだ。(1)はとても大事だと思う。

身がなくても維持できるような『ぬるさ』をもった、緩やかなネットワーク」が、地域活動の活

性化に向けて、今後

10 年取り組んでいく方策の1つに挙がるのかどうか。これは割と福祉のほ

うだと、ぬるさを持ちつつ、仕組みをつくっていく。

だから、よほどきちんとしたシステムの中で参加者が緩やかに泳げるようにしないと、プール

でもちゃんと枠組みがない中では泳げないのと一緒で、ちゃんと枠組みをつくってあげて、その

中も自由に端っこを泳いでもいいし、真ん中を泳いでもいいしという、そういうぬるさがないと

うまくいかない。その枠組みのところが書き込めると、この「ぬるさ」が物すごく活きてくるの

かな。感想めいて申しわけない。

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委員長:いやいや。緩やかな人のつながりというのは、それもコミュニティだが、別に向こう三軒両隣

ごしゅう

には、会長や見張り役という役割があるわけでもない。そういう互酬 的なつながりと、真ん中に

号令をかける人がいて、そういう役割があって、ヒエラルキーになっているような組織とは全然

違う。その辺を混同してはいけない。コミュニティ協議会は、コミュニティセンターという財産

を管理したりすることを任されているから、どうしてもヒエラルキーになる。会計責任者がいて、

何とか委員会もある。それとは性質が違うから、ある程度役割が固定していないともたない。た

だ、そういうヒエラルキーの組織も、根っこには互酬的なつながりみたいなものがある。

だから、PTAといても、お母さん同士がおしゃべりしたり、仲よしだというつながりがあっ

て、そこと循環しているから、人が交代したり、それこそ頑張っている人も支えられたり、お礼

をいわれたりすることがある。その辺の切り分けだ。今コミュニティ協議会は、そういう互酬的

なつながりがなくなっているから、動かないのではないか。でも、向こう三軒両隣で福祉ができ

るかといったら、それはできない。

委 員:コミュニティは人と人とのつながりと考えると、地域の人とのつながりというのが、本当に今

10 年必要なのか。向こう三軒両隣で本当にやるのか。さっきの広域連携の話もそうだし、逆

にツイッター、フェイスブックも考えると、時間と距離を選ばない社会になってくる中で、福祉

の話も含めて、確かに地域でやらなければいけないこともあるとは思うが、もっともっと広いと

ころで、コミュニケーションをとったり、人と人が結びつくような社会がもう来ているし、それ

をあえて地域コミュニティといって地図を分割して、地域を定めることが、本当に今後重要なの

か。

委 員:地域コミュニティは、コミュニティの中のある1つの単位だ。

事務局:土地に根差したものだが、地区割りをして、隣組とか町内会を行政指導でやるという発想では

ないことは確認しておきたい。そうではなくて、住民がどういう関係を持つのがいいのか。政策

的には行政としてできることは少ない。

そこで問題になるのが、地域の居場所として行政が設定したコミュニティセンターの話だ。そ

れをどう位置づけるかは、行政のしっかりした計画での位置づけ論が必要だが、コミュニティ運

営協議会がどう運営するかはまた別の話だ。居場所あるいはコミュニティ施設としてのコミセン

は、それはそれでちゃんと位置づけがあるという関係をとらないと、その辺を混同して記載する

と、コミュニティセンターの話が運営協議会の話になったりする。その位置づけ自身は、今回の

コミュニティセンターをどう考えるかというのはきっちり出すべきだ。

例えばここ数回の策定委員会では、特にテーマ別というか、自分が気になるイシューについて

遠くの人と共有するコミュニティの話はすごくあったが、どのようなまち並みをつくるかという

ときに、遠くの人と同じ価値観を持っているということでは、まちは成り立たない。そのエリア

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にとって、どのようなまちがいいかを考えるには、その通り沿いの関係であったり、居住エリア

の関係もあるので、そういうところはバーチャルだったり、遠くとのつながりがあればいいとい

うのではなくて、地域をどう見ていくかというのが改めてここで問われるものではないか。従前

から議論になっている居場所というのはそういうことだ。

委員長:関西ではそれを筋という。生活道路の両側で、みんなで大きい通りまで歩いていく筋。筋ごと

に当番を決めたりする。面でつくってない。通りでつくっている。

市には解決策というか、働きかけがあるのかないのか。ないのに「基本課題」を大きく出して、

みんな頑張ろうといって終わったら、不平と不満の計画書になる。そうすると、マネジメントと

いうのは、市役所が指示するということではないが、マネジメントというのは育てるものだし、

動かさなければいけない。それを市が直接に何かを任命するという形ではなくて、そういうもの

をどういうふうに立ち上げていくかだ。

事務局:課題はイシューごとに出てくる。防災対策をどうするか、衛生をどうするか、高齢者福祉をど

うするかなど、その地域に合ったイシューがあるので、それに応じた政策は出てくるが、地域づ

くりを直接的に、行政が近隣関係に立ち入るという政策は、ほとんどイメージできない。

委員長:分野的にいうと、市が公園をつくるとか、補助金を出すとか、条例をつくるとか、いろいろな

手法がある。そういうことでやるが、結局そういうものが人の手に届くときには、血が通ったも

のになるためには、そこの人たちが、そこの回りとつながるというか、お互いに支え合う関係が

できないと、市民の体に吸収されない、栄養にならない。そういうことが縦にそれぞれに書いて

あると思えばいい。福祉も、教育も、地域の学校もみんなそうだ。緑化というのは市民が支えて

理解し、愛するものだ。そのことを頭に置いた上で、今度は横でこの部分は見ているので、あら

ゆる分野を横断的に、血が通ったものになるには、地域の人たちなり、それは必ずしも狭い意味

での地域ではないかもしれないが、そういうことに関心がある人たちが、そこに張りついて何か

をするということだ。緑化だったら、そこの芝生の面倒を見ている人は、かなり遠くから来てい

る人もたくさんいるかもしれないし、玉川上水とか千川上水も別にその周りの人がやっているわ

けではない。そういうテーマコミュニティみたいなものでもいい。そういう人々のつながりの重

要さがあらゆる分野にある。それをどのように育てていくかは、それこそ1つの「基本課題」で

ある。

委 員:質問だが、コミセンからは定期的に地域にコミセン便りのような会報が入っているけれども、

コミセンに一切関係ないという人は、入ってきても多分そのまま処分する。それは市役所の職員

ではないけれども、コミセンをやっている方が定期的にコミュニティセンターに関すること、多

少地域の回りのことのお知らせを、ガリ版刷りでもいいので出す。

情報が届いてないという市民が多くいる。例えば、自分の隣の敷地に公園などができると、い

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きなり反対運動が始まるとか、ある施設が閉鎖になるのを一切知らなかったとか、自分の子ども

がかかわっていたのに、どうして知らせてくれなかったのかという意見などを聞くと、コミセン

が今配っているエリアぐらいの市報が必要なのではないか。いつもいただいている「市報むさし

の」は、自分には関係ないことがいっぱいある。もちろん本当は全部関係しているが、自分の家

の隣の敷地の話は出てこないから関係ないと感じてしまう。地域単位の市報はそれこそ人件費も

かかるし、専門部署が必要になるので、人員をどう配置するかということもあるが、そういうニ

ュースソースを何か定期的に出すことは可能か。

事務局:地域協議会のような団体に、ある程度の補助金を出して、補助金の枠内で自由に活動ができる

ようにして、旧来の町内会はそういう形で、行政の下請け的な要請を、区画を決めてやる。でも、

武蔵野市はその方法はとらないという前提である。そうすると、地域別のニュースをだれが書い

ていくのか、だれがネタを集めるのか。熱心なコミセン、東町などは、既に物すごく細かい情報

まで積極的に書いてやっている。それを行政主導で地域版みたいなものをつくるかというと、そ

れは少し違うのではないか。

委員長:コミセンの話に戻ると、けやきコミセンは、公園とか、福祉とか、子どもとか、そういうテー

マでやっていることのショールームみたいになっている。そこに行くと、ああ、こんなことをや

っているのだな、こんなグループがあるのだなとわかる。それは1つのコミュニティをつなぐと

いうか、コミュニティのインターフェイスになっている。それを紙媒体ではやってないが、コミ

センの1つの形だ。それは新しいコミセンだ。

委 員:私は先日、健康福祉総合計画の策定記念シンポジウムで武蔵野プレイスに行った。そのときに

パネリストの皆さん方がいわれたのは、各コミセンに福祉コーディネーターを置いていただきた

い、各コミセンに総合相談窓口を置いてほしい、このような要望をパネリストの方がしていた。

確かに今コミセンにプロフェッションでかかわっている人はだれもいない。みんなボランティア

だ。それがよかった部分もあるが、どこかで専門家が欲しかったり、職業としてかかわる人が欲

しかったりする部分もある。それは自主三原則とどのように折り合いをつけるかということもあ

るが、そういう声がすごくあったことはお伝えしたい。

もう1つ、そのときに四小地区の福祉の会の方がいわれたのは、居場所というのは、物理的な

場所では結局使う人が固定化する。固定化してきたら、利用者が自分で運営できるようにしてい

かないと、幾ら居場所をいっぱいつくっても、そこに同じ人ばかり来るようになったら、結局風

通しが悪くなる。その方はそういうつもりでいわれたわけではないかもしれないが、私はそう思

ったので、居場所のあり方というのは、風通しのよい居場所を維持していくことがなかなか難し

い。

委 員:自主三原則は守らなければいけないのか。

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事務局:行政側がこういうことをいうのは不穏当かもしれないが、自主三原則という中でやってきてい

る。その意味では、そこに行政がどうやってかかわるかは、自主の中で考えることだ。自主とは

何かというと、私は決定権だと思う。決定したことをみんなが容認することが自主だ。それは人

間個人の問題でもそうだ。そこに行政が介在することをよしとしなかった、だからこそ自主であ

る。行政がそういうところに介在すると、ある種、下請化する。官製ボランティアという言い方

もされているが、自主なのか、それとも下請なのかということも議論が必要だろうし、自主をど

う考えるかという議論を抜きに、こういう機能がないので、こういうことをつけたほうがいいの

ではないかとは、なかなかいかないのではないか。その前に自主とは何なのかという議論をする

べきだろう。

委 員:市民自治と自主とは違うのか。

事務局:普通の公民館とか福祉会館とか児童館のほうがいいという選択肢は、それは主権者たる市民に

ある。そうなれば当然職員を配置し管理することになるが、そういう政策をとらずに、コミセン

16 カ所を 16 協議会で全部やっていこうという方針で来ている。

委 員:建物は提供するが、中のことはご自由にという話だ。

事務局:それが今までのやり方だが、ほかの市のように直営で職員を配置して、サービスの提供窓口に

したほうがいいという意見は当然ある。しかし、ほかの市も、公民館等がうまくいっているかと

いったら、全然うまくいっていない。みんな悩みの種だ。

それから、さっきの地域版の市報の話でも、地元のコミセンが出してくれないのだったら、自

分で出したほうがいいという方もいる。しかし、その人たちがコミュニティセンターに入ってや

りたいというと、それは除外されてしまうので、やや閉鎖的に見えたりするという話につながっ

ていくが、活動したい人たちはたくさんいる。もともとのコミュニティセンターの考え方は、活

動したい人がいろいろ入ってやって、あるとき、もう活動する人がいなくなっても、また新しい

グループがかわってやっていくという自主だ。

委 員:長期計画のほうには、 「犠牲的献身がなくても」という表現はそぐわない気が

する。書くとしたら、きれいごとになるかもしれないが、ほかのスペースとか、もしくは別途「こ

ういう何とかをもって検討するべきである」みたいな書き方にして、「基本課題」のところに閉

鎖的云々という後ろ向きな表現は余り書かないほうがいい。そこだけで何かもめてしまうような

気がする。

委 員:最後に、私は下から2段落目の文章がうまく読み込めない。それは皆さんが議論している前提

て」ということが課題Aの目的であるとすれば、既存の活動ネットワークの見直しと、新たなネ

ットワークづくりというのは、その方策のたった1個でしかないわけであって、この目的を達成

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するためのすべてではないと考える。だから、目的のために、1つは活動ネットワークを見直す。

2つ目は、ネットワークづくりに取り組むというのはあったとしても、ここに終始して、その方

法が、3つに限定されているのは、偏り過ぎているかなと思う。例えばほかの地域だと、地域を

活性化するために、地域学習を随分体系化して、どんどん進めている自治体があったりして、い

ろいろな施策を組み合わせて、地域を活性化するために、個人に対する施策と、団体に対する施

策と、団体同士、個人同士のネットワークづくりの施策と3層でつくっている。そのようなイメ

ージではないかと思う。そうすると、例えば健康福祉の個別計画に行ったときに、いろいろな施

策がつくれる。

委員長:そういう地域学習、中学校でも商店街でキッザニアのようなことをやっていた。魚屋さんに子

どもが入ったり、警察に行ったりした。ああして初めて地域のお店へ行って職業体験をする。そ

うすると、子どもがお母さんに「僕が働いていたお店にお魚を買いに行こう」といって、お客さ

んが来るようになり、そこで地域の交流が生まれたりする。

地域について知るのは、学校も経由して、子どもに対してやるとか、もっといろいろなアプロ

ーチでやることこそ市民性の教育だと思う。自分の地域について自覚的になるとか、興味を持つ

ことだ。そういう土壌がないと、みんな人とかかわらない。かかわらないで生活できるうちは、

困るまで好きなようにやっている。困っても市役所におんぶにだっことなる。それを長期的な視

点、横断的な視点で、そういうものを育てていくのは、すごく重要なことだと思う。福祉でも、

子どものころからそういうものを体験させるとかやっている。

委 員:福祉教育とかボランティア学習は必要だ。

委員長:市民性の教育は、市がやることなのかということについては議論しなければいけない。僕は市

が市民性の教育を当然やっていいと思っている。なぜならば、企業だって消費者教育をやってい

る。商品の価値をちゃんと見抜いて、ちゃんと自分の企業の製品なり活動を支持してくれる、そ

ういう賢い消費者がいなかったら、企業はおかしくなる。賢い消費者はちゃんといるというのが

前提だが、自然にそこら辺にいるわけではない。いいものでも、高いものでも、環境負荷が低け

れば買うとか、そういう企業の公的な性格、利己心だけで行動しないとか、それは消費者教育で、

質の高い企業はそこからやっている。そこからやって、質の高い製品を支持してくれる消費者を

確保している。そう考えたら、市役所、市がそういうことをしてはいけない理由はどこにもない。

委 員:愚かな市民からは愚かな市政しか生まれないから、住民の民度を上げていくというのも、やは

り行政の役割だろう。

事務局:そうなってしまうことが一番恐れていることで、そうならないために市民自治の原則や、自主

三原則につながってきている。もしそう考えるとすると、それはもう大転換だと思う。

委 員:いや、それは公助、自助と同じだ。自立できるためには、それだけの情報提供が必要だ。私は

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今まで情報提供という言葉をいってきた。市民性というのと違うと思う。

委員長:よい市民を育てるということだ。政府と市民が常に相互作用を持って、政府が常によい市民を

育ててきたところは地域社会の質が高い。

委 員:常にそうやってインターラクティブな動きをしていかないと、お互いが育たない。

事務局:教育とか生涯学習という話ではなくて、「市民性の教育」というところにひっかかっている。

それは環境教育というのは当然必要だと思うので、情報提供を中心にしてご理解いただくことは

あると思うが、本質たる主権者に対する市民性の教育という表現はいかがなものか。

委 員:企業も「賢い消費者になれ」と頭からいったら怒られる。「ちゃんと表示を読みましょう。こ

こに書いてあります」ということを示すのだ。あなたがけがをしないために取扱説明書を読みま

しょうという。

事務局:もちろんそのとおりだ。それならば十分理解できる。でも、それはこの計画書の中で、表でや

る話なのか。

委 員:環境教育とか、正しい情報を使い、賢い市民を育てるのは、行政の役割だろう。

委 員:前の第四期長期計画で「消費者教育」という言葉を入れた。その程度の話だ。当然あるべき話

だ。

委員長:例えば、ヨーロッパは移民がどんどん入ってくるから、「ここに住んでいる人はみんなよい市

民です」という前提でやるなんてことはできない。

事務局:「市民性」とは一体何なのか。

委員長:市民としての役割の自覚と行動だ。

事務局:それを教育するのか。

委員長:そうだ。そういうものを耕す、深めさせる、自覚させる。

委 員:その手法がやはり情報発信。

事務局:そこは全然抵抗がないが、それは具体的にはどういう政策に落ちてくるのか。

副委員長:教育の言葉の意味だが、要するに、知らないだろう、教えてやるよというのも、教育にはあ

るが、もう1つ、本当は相手は一人前ではない。しかし、あえて一人前として扱う。それによっ

て自覚を養い、成長してもらう。大学教育とはもともとそういうものである。最近は大分違って

きているが、そういう教育もある。だから、市民性の教育について、市ができることがあるとす

れば、まさにフィクションとして、市民は適切な情報ときちんとした筋道、論理を示せば、それ

を理解して、合理的に行動してくれるはずだという前提のもとに、その政策決定過程とか、情報

の出し方を丁寧にやっていくことだと思う。だから、理解してもらう努力をする。努力すれば理

解してもらえるだろう。それはフィクションだが、あえてそれをやせ我慢して地道にやっていく

ことしかないのではないか。

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事務局:それは先ほど申し上げたとおり、私も非常に重要な柱の課題だと思っている。やることは同じ

だというのはよくわかった。

委員長:資料5は他に課題B、C、Dがあって、そこは余り変えていないということなので、課題Aを

次回までに確認してくるという宿題込みでお願いしたい。あと現状の資料4はこういう並びと順

序でいいか見ていただきたい。

3.その他

副委員長:1つ資料についてのお願いで、紙でいただいているものの元ファイルをいただけるとありが

たい。そうすると、これを持ち帰らなくても済む。

事務局:バージョンが違ったりしているので、本日のバージョンということで配信させていただきたい。

委員長:策定委員会は、次回はいつか。

事務局:8月

11 日だ。

委 員:最後に「市民協働」の話をどこかでもう1回やりたい。

委員長:今の議論あたりと密接にかかわっている。言葉の問題とコンセプトの問題と両方あるので、い

ろいろまだ議論する余地がたくさんある。

―――― 了 ――――

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