事故分析と論評 - 安全安心社会研究センター

事故分析
はじめに
第 1 部では、労働災害、鉄道・航空機・自動車の事故、火災・爆発
事故、製品事故、医療事故など、様々な領域における事故事例の分析
と論評を行った 27 編を掲載する。事故事例の大部分はわが国で発生
した事故であるが、一部は海外での事故事例である。事故の発生時点
からみると、基本的には近年話題となった事故を撮りあえげているが、
一部には一世紀以上前の歴史的事故も含まれている。
分析・論評は必ずしも事故の詳細な原因分析を目的として書かれた
ものではなく、事故から何を学ぶべきか、事故をいかなる視点から捉
えるべきか、という点に重点をおいて書かれている。記事は執筆時点
の順序に従って並べられているが、読者の関心に応じて記事を探しや
すいように、次ページに領域別に分類した記事の掲載ページ索引を示
した。複数の領域にまたがる事故は重複掲載した。
なお、本号に採録した記事はいずれも安全安心社会研究センターに
所属する本学教員の執筆になるものであり、中央労働災害防止協会の
発行する月刊誌『安全と健康』誌 2009 年 1 月号から 2011 年 3 月号の
「事故災害写真館」に掲載された 27 編の記事を転載したものである。
「安全と健康」誌上では、写真とともに掲載されたが、本誌では本文
のみを掲載する。転載を許可された中央労働災害防止協会に御礼を申
し上げる。
事故分析
事故分析と論評
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安全安心社会研究
事故領域別索引
【労働災害】
・ミキサー誤起動による労災事故 4
・大型重機転倒事故 16
・製麺機械による労災事故 28
・試運転中の発電機用ローター破損事故 30
・強風によるクレーン転倒事故 40
・船倉における酸欠事故 44
【火災・爆発・危険物事故】
・ハイテク立体倉庫火災 8
・温泉施設ガス爆発事故 20
・タンクローリー事故 22
・スキューバ用タンク破裂事故 24
・化学プラントの大規模火災 32
・ボイラー破裂事故の歴史 38
・120 年前の二つの火災と電気安全 46
・地下送電線の爆発事故 50
【製品事故・生活空間での事故】
・ジェットコースター脱線事故 14
・温泉施設ガス爆発事故 20
・スキューバ用タンク破裂事故 24
・東通村岩屋風車倒壊事故 48
・アミューズメント施設での乗客落下事故 52
事故分析
・余部鉄橋回送車転落事故 6
・USエアウェイズ機事故 12
・ロンドン列車衝突事故 18
・タンクローリー事故 22
・レクサスの大規模リコール 36
・湘南モノレール衝突事故 42
・船倉における酸欠事故 44
・中華航空機炎上事故 57
【医療事故】
・医療用ガス取違え事故 10
・人工呼吸器チューブの誤接続事故 34
・人工心肺送血ポンプのチューブ破損事故 54
【自然災害への対応】
・中越沖地震における事業継続マネジメント 26
事故分析
【航空機・鉄道・船舶・自動車事故】
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安全安心社会研究
ミキサー誤起動による作業者死亡事故
杉本 旭・福田隆文 【安全と健康 2009年1月号掲載】
約 18 年前、東京湾横断道路工事現場で、ミキサー内に作業者
がいるにもかかわらず起動され、死亡事故が発生した。作業後に
忘れ物を取りに戻ったとき、いつもより早い時間に起動されてし
まったという、いわば偶然が重なった結果であった。国際安全規
格で求められている「安全の通報があって初めて起動を可能にす
る」設備、という視点で考えてみる。
偶然が重なった事故
今では観光スポットとなっている「海ほたる」もある東京湾横断道
路。この道路工事の東工事区域(川崎市川崎区の洋上)で、1990 年
10 月 29 日午後1時 45 分ごろ、作業員2人の死亡事故が発生した。
コンクリートミキサー(直径 2m、高さ 2.5m)内の清掃完了後、結
婚指輪を忘れて取りに戻った作業者とそれについて戻ったもう1人の
作業者が、たった数秒の運転ではあったが、不意に起動したミキサー
内で頭や首を強打して、即死した。ミキサー内で作業するときは、
「作
業中」の札をかけ、運転員はこの札がかかっていないことを確認して
から起動することになっていた。この現場では、徹底した安全教育に
より、この手順は守られ、事実 1989 年5月着工後 1 年半は無事故で
あった。しかし、事故の日は、清掃作業が早く終わったが、(1)作業
後忘れ物を取りにミキサー内に戻り、(2)しかも、そのときに札を再
度かけるのを忘れ、(3)運転定刻前であるが札がないので起動した、
ことが重なってしまった。
事故分析
国際安全規格の考え方によれば、「安全の確認」があって初めて運
転できる仕組みが組み込まれていることが必要である。札による「危
険の通報」では、作業者が札の掲示を忘れれば起動が許可されるし、
札がかかっていても運転員が見落とせばやはり起動されてしまう。安
全教育で補って事故の発生確率を下げることはできても、根本的な解
決にはならない。この事故であれば、ミキサーの入口ドアに、ドア閉
のときのみ安全を通報し、それを受けたときのみ運転員の起動操作が
有効となる仕組みを設置してあれば、事故は防げた。この仕組みの原
理を図に示す。このように、「安全の通報に基づく起動の許可(通報
が途切れれば、たとえ実際には安全でも起動しない)」と「危険の通
報による起動の停止(通報が途切れれば、たとえ実際には危険でも起
動できる)」では、雲泥の差がある。
この事故からすでに 18 年が経過しているが、作業現場では、いま
だに作業者の注意に頼っている機械・設備が多い。しかし、作業者の
ミスは不可避であって、いずれ悪い偶然が重なり事故となる。国際安
全規格 ISO12100 などの示す安全のつくり方に従った起動の仕組み、
つまり「機械・設備にまかせる安全の仕組み」を取り入れ、安全性向
上を図りたい。こうすることで、作業に専念できるようになるので、
実は効率も向上可能となる。
安全信号の伝達による起動-安全確認型システム
事故分析
機械・設備にまかせる安全の仕組み
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安全安心社会研究
余部鉄橋回送列車転落事故
福田隆文 【安全と健康 2009年2月号掲載】
旧国鉄時代最後の年末、山陰本線余部(あまるべ)鉄橋で回送
列車が強風にあおられ転落し、乗務員と鉄橋下の工場の従業員計
6 人が亡くなった。裁判では、「基準風速を超えたのに当直列車
指令員が適切に列車を停止させなかったこと」が原因であると判
断された。労働現場においても、人の誤判断による事故はまれな
ことではない。この事故から学ぶ教訓は何であろうか。
風を軽視する慣行と転落防止柵のない鉄橋
しゅん こう
余部鉄橋は大正時代に 竣 工したもので、朱色の鉄橋が周囲の景観
とも相まって絶景スポットとなっている。現在掛け替え中であり、昨
年はその最後の様子を撮影しようと、鉄道ファンが詰めかけた。鉄橋
の両脇には列車転落防止の柵はなく、強度上の問題で追加設置もでき
ないとされ、列車の転落の危険性を有していた。昭和 61 年 12 月 28 日、
その当時の観測史上4番目の強風が吹いて、お座敷車両で編成された
回送列車が転落した。
CTC(列車集中制御装置)センターでは、この鉄橋の運行停止基
準(25m/ 秒)以上の風速になると、警報が鳴動し警告灯も点灯する
ようになっており、指令員はそれに基づいて列車停止措置をする規定
になっていた。しかし、風速やその変化は、記録計の設置されている
香住駅に間合せないと分からず、日常的に風速を問い合わせてから列
車停止の手配を行うのが慣行となっていたし、事故当日もそのように
した。裁判では、列車停止を素早く行うべきであり、また行えば列車
は停止できたとして、指令員などを有罪とした。しかし、起訴された
事故分析
した。
人による管理の難しさ
実は、事故1カ月半前、2つある風速計のうち、大きな風速となる
場所の一基が壊れ、未修理のままであった。また、以前は風速計と連
動して列車停止の信号を直接出す仕組みになっていたのが、途中から
運転指令員を介するようになった。この鉄橋は、強風にさらされると
いう地理的条件と転落防止柵がないという構造上の点から、他の場所
の運転規制風速が 30m/ 秒のところを 25m/ 秒としていた。つまり、
あいまい
当初は風に対して配慮をしていたが、だんだんと曖昧になり、風速計
の修理までも時間を要すような状況となっていたのである。やはり、
人による管理には難しさがあり、この点は労働安全の分野でも共通で
ある。
安全確認型のシステムが重要
安全のキーとなるポイントは、人による管理でなく、ハードウエア
として安全管理を極力組み込むことである。
さらに、前号(「ミキサー誤起動による作業者死亡事故」本誌 4 頁)
で安全確認信号を得て運転するシステムの構築が大切と記した。この
事例のように風速が大きいという危険状態を検知するシステムであれ
ば、信号線の断線など考慮して、安全なほど高い出力(風速が低いほ
ど高い電圧)が出るようにし、出力がある値以上であることをもって
安全信号としたい。それが無理であれば、風速計測直後に、危険状態
でない場合に「安全信号」への変換を行う(風速が 25m/ 秒より低い
ときに「安全信号」を出す)こととし、以降「安全信号」がなければ
運転が停止されるシステムとするようにしたい。
事故分析
3 人の指令員がその慣行に従ったのは無理もないとして執行猶予を付
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安全安心社会研究
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ハイテク立体倉庫火災
門脇 敏・福田隆文 【安全と健康 2009年3月号掲載】
製缶工場のハイテク立体倉庫で、竣工半年後に火災が発生した。
原因は、缶にポリエチレン製梱包材を巻く際に電熱ヒーターと接
触し、ポリエチレンシートに着火した状態のまま倉庫に搬入され
たことであった。この火災では、スプリンクラーが作動したが、
火災を防止できなかった。スプリンクラーは法規より多く設置さ
じゅう てん
れていたが、当時の法規は立体倉庫のような 充 填率の高い状況
を想定していなかった。この火災から、最新の状況や変化に対応
して、リスクアセスメントを実施することの大切さを学ぶことが
できる。
ハイテク立体倉庫で大規模火災
平成7年 11 月8日深夜、埼玉県にある製缶工場のハイテク立体倉
庫で火災が発生し、約 23 時間燃え続け、全焼した。竣工後半年の
最新式の倉庫であった。出火時に社員が現場に駆け付けると、高さ
20m 付近に止まった製品運搬用エレベーターの上方から炎が出てい
た。初期消火を試みたが失敗し、消防署へ通報した。このとき、倉庫
に設置されていたスプリンクラーは作動したが、火災を防止できな
かった。消防隊は、車両 44 台、消防士等 410 人で消火活動を行ったが、
困難を極めた。火勢は予想を上回り、退避が遅れた消防士 2 人と立体
倉庫の技術者1人が死亡した。
この火災は、最新式のハイテク倉庫で起こり、被害が大きかったこ
とから、自治省(当時)消防庁の専門家も加わって原因調査が行われ
た。その結果、缶にポリエチレン製梱包材を巻く際に電熱ヒーターと
事故分析
ベーターで高所まで運ばれてから延焼して火災に至ったと結論付けら
れた。
最新の状況に対応した想定が必要
この倉庫のスプリンクラーは作動したのに、なぜ火災を防止できな
かったのだろうか。この倉庫のスプリンクラーは、法規より多く設置
されておりその点での不備はなかった。しかし、法規が想定していた
のは、この倉庫のように立体的に何層も資材が入る状況ではなかった。
われわれは、ある基準を満たしているから大丈夫と考えがちである。
しかし、この火災は、法規類が必ずしも最新の設備に対応していない
ことを示している。つまり、法規類は既存のものを基準に作られてい
るので、最新の設備であれば前提から見直す必要がある。したがって、
立体倉庫の設計時に、多くの製品が保管されることを想定したリスク
アセスメントを行うという考えがあれば、スプリンクラーの設置数や
消火活動を考慮したラックの配置などが検討されたと思われる。
労働現場でも変更の際はリスクアセスメントを
労働現場において、ある設備の性能をアップしたり、一部に新しい
機能を追加したりすることが多くある。このような変更の場合、「今
までの延長だから大丈夫」と考えがちである。しかし、性能のアップ
や機能の追加などの変更による影響を熟慮し、リスクアセスメントを
実施することが必要である。「危険性又は有害性等の調査等に関する
指針」では、設備・原材料・作業方法を変更する際にもリスクアセス
メントの実施を求めている。これも同じ考え方から来ていると思われ
る。
事故分析
接触し、ポリエチレンシートに着火した状態で倉庫に搬入され、エレ
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安全安心社会研究
医療用ガスの取違え事故
大塚雄市 【安全と健康 2009年4月号掲載】
今から 30 年以上前、関西の病院で、麻酔器の口金に酸素ボン
ベと亜酸化窒素(笑気ガス)ボンベのゴム管を間違えて接続する
事故が発生した。患者は亜酸化窒素ガスを吸入し続ける状態とな
り、無酸素症による意識喪失を起こし、死亡した。この事故は医
療用ガスの取違えによるものであるが、その背景要因には労働災
害防止のための有益な知見が含まれている。
誤使用させない設計の重要性
関西地方の病院での手術中に、麻酔準備を担当していた正看護師が
麻酔器の口金に酸素ボンベと亜酸化窒素(笑気ガス)ボンベのゴム管
を間違えて接続した。患者は亜酸化窒素ガスを吸入し続ける状態とな
り、無酸素症による意識喪失を起こし、死亡した。この事件で医師、
看護師が業務上過失致死罪に間われ、医師には執行猶予付きの禁固刑、
看護師には罰金刑が下された。この事故はガスボンベの誤接続が直接
的な要因と考えられている。
この事故の危険源としては、“ ヒューマンエラー、人間挙動 ”1) が
あげられる。すなわち、誤接続により酸欠という危険事象を引き起こ
すことが容易に予測されるものである。したがって、そのようなエラー
を防止できるような対策(本質安全設計)を導入することが望ましい。
医療機器に関するリスクマネジメント規格(JIS T 14971 A.2.27)
においても、「注意散漫な環境において多様な使用者が容易に誤使用
を生じないように設計することが望ましい」と明記されている。
比較的規模の大きい病院では、ガスの供給設備は集中管理されてい
事故分析
給するようになっている。この配管端末器も、ガスを特定できるよ
うな形状にすることが規定され、また、ガス固有の識別色表示が規
定される等、誤接続防止のための対策が必要となる(JIS T 7101、T
7111)。このように、関連法規・規格を参照しつつ、危険源を明確に
同定して予防対策を講じることが、過去の事故を教訓として活かす最
も有効な手段ではないかと思われる。特に、事故を個人要因に帰する
ことなく、危険源分析に基づき、システム的な対策を施すことが必要
である。
法規と規格の整合性
なお、本事例については、法規と規格にまつわる問題点も近年指摘
されている。救急搬送等で用いる小型ガスボンベは、使用者の立場で
い きょ
は JIS に依拠していることが望ましい。しかし、病院で集中管理する
ような高圧ガスボンベの製造等は高圧ガス保安法、高圧ガス取締法で
規制され、その識別色は同法容器保安規則に指定されているため、
JIS と法規の間で非整合(酸素ガス容器は容器保安規則では黒色、二
酸化炭素ガス容器は緑色と規定。JIS T 7101 では酸素ガスの識別色
を緑色と規定)がある。そのため、緊急時などには識別色の認識があ
いまいとなり、エラーを誘発しやすくなることが予測される。
2008 年には福岡県の病院で酸素ガスと二酸化炭素ガスを取り違え
る事故が発生しており、早急な対策が望まれる。
労働現場においても、設備によって操作ボタンなどの色や形状が変わっ
たりしないよう配慮することが重要である。作業のエラーを防止するために
は、システム的な対策が有効であり、かつ必要であると考えられる。
1) JIS B 9702「機械類の安全性-リスクアセスメントの原則」の「附属書A(参考)
危険源、危険状態及び危険事象の例」に示された危険源。
編注)参考:平成21年3月3日付け医政指発第0303001号「診療の用に供するガス設備
の誤接続防止対策の徹底について」が厚生労働省から発出されている。
事故分析
るので、手術室等においては、壁面の配管端末器に接続してガスを供
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安全安心社会研究
ヒーローは誰か
木村哲也 【安全と健康 2009年5月号掲載】
2009 年 1 月 15 日、ニューヨークの空港を出発した旅客機 US
エアウェイズ 1549 便は離陸直後に鳥が衝突し全エンジンが停止
した。都市部墜落という大惨事になってもおかしくない危機的状
況であったが、機長の適切な判断と操縦により、旅客機はハドソ
ン川に着水し、乗客乗員 155 名全員が無事に救助されるという奇
跡的結果となった。極限状況を乗り越えた機長は「奇跡のヒー
ロー」として称賛され一躍時の人となったが、奇跡のヒーローを
支えた者たちの役割を忘れてはならない。
大惨事回避の 3 要素
2009 年 2 月 24 日に開かれたアメリカ連邦航空局(FAA)委員会で
の P. ギリガン氏(FAA 航空安全部門副責任者)の証言から、次の(A)
~(C)の 3 点が大惨事回避の要因としてみて取れる。
(A)バードストライク事故 1)発生確率の低減への取組み:FAA で
はバードストライク事故情報を積極的に収集し、DNA 分析によ
り事故に関与した鳥の種類を明らかにして、空港運営や航空機設
計に役立てている。また「野生動物アセスメント」を実施し、必
要に応じて鳥の生息地を空路近辺から排除すること(沼の埋め立
て等)も実施している。このような取組みがなければ、より大量
の鳥がエンジンに吸い込まれ、事故が重大になっていたことが考
えられる。
(B)航空機の安全認証と事故時の生存可能性向上への取組み:航
空機は技術基準に基づき安全認証を受けている。例えば、エンジ
事故分析
全に停止することが求められている。また、機体は着水時の生存
可能性を向上させるため、水面に浮いている時間の確保など脱出
に配慮した設計がされている。
(C)関係職員の訓練:脱出時の実際の状況を反映したシナリオに
基づく乗員訓練が実施されており、機長、副操縦士、3 名の客室
乗務員すべてが今回与えられた役割を適切に果たした。また、航
空管制官も緊急着陸に障害となる飛行機の排除等の対応を適切に
行った。着水した機体からの救助ではニューヨーク市消防局等の
対応も適切で迅速であった。
上記(A)~(C)のどこかに安全上の穴(例えば技術基準の不備、
乗員訓練での手抜き)があれば、奇跡のヒーローの誕生はなかったか
もしれない。今回の大惨事の回避は、多くの航空安全関係者の継続的
努力の賜物であり、関係者全員が「乗客乗員の命を守るために最大限
の努力をする」というヒーローの心を持っていたと言えるだろう。
産業機械の安全確保も同じ
ところで、産業機械の安全設計の基本となる国際安全規格 ISO
12100(JIS B 9700)では、(A)危険源を事前に排除する本質安全
設計を基本に、(B)合理的予見可能な誤使用を考慮し規格に基づく
安全設計を実施し、(C)使用者の訓練により安全を確保すること、
を求めており、今回の大惨事回避の要因と同じ構造を見ることができ
る。航空安全と産業機械安全と分野が異なっても安全の原則は同一で
あり、その遵守は事故を防ぐ基本である。しかし実際の現場では、安
全要件の実施に厳しい経済的要求から反対にあうことも多々ある。厳
しい経済的要求に屈せず、安全上の判断を適切に行う職場での安全関
係者は、事故を未然に防いでいる陰のヒーローたちといえるだろう。
1)鳥の衝突によって引き起こされる事故
事故分析
ンは一定量の鳥を吸い込んでも、危険な大破断や火災を生じず安
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安全安心社会研究
ジェットコースター脱線事故
~安全のための保全情報の重要さ~
福田隆文 【安全と健康 2009年6月号掲載】
関西の遊園地で走行中のジェットコースターが大きく傾き、乗
客 20 人が死傷する事故が発生した。この事故の直接原因は金属
疲労により車軸が折損し脱線したことであるため、保全の大切さ
がクローズアップされた。それとともに、設計者から使用者に保
全のやり方の情報が漏れなく示され、それを着実に行うことの大
切さも示された事故である。これは。生産現場の機械・設備でも
共通のことである。
ジェットコースターの車軸が折れ脱線
平成 19 年5月5日、関西の遊園地でジェットコースターが走行中
に脱線し、1人が車体とレール左側の点検用通路の手すりの間には
さまれ即死、19 人が重軽傷となる事故が発生した。6両編成で全長
970m のコースを約2分で走行する立乗型のジェットコースターで、
走行中に車軸が折れ、それが原因で車輪が落下し車体が大きく傾き脱
線したものである。
車軸折損の原因は、その後の調査で、金属疲労と推定されている。
事故車両は、通常年 1 回の定期点検を2月に行い、その際自主的に分
解点検を行っていた。しかし、この年は2月の点検を先延ばしにして
事故に至った。また、JIS で規定する車軸の探傷試験を実施しておら
ず、車軸の交換も 15 年間行われていなかった。このため、この事故
では、点検の内容や部品の交換の有無が問題とされた。
事故分析
ISO 12100 “ 機械の安全性-設計のための基本概念、一般原則 ” 第
二部には、設計者は附属文書により、点検の性質・頻度、熟練者に限
定される事項、オペレータが実施できる事項など保全について明確に
示さなければならないことが規定されている。つまり、保全に関する
情報は設計者から漏れなく伝えられることが求められ、もちろん、使
用者はそれを忠実に実施しなければならない。
機械に必要な保全事項は機械の設計によって決まる。今回の事故に
あてはめて考えても、検査の必要性や方法、周期は設計(車軸の形状
や大きさのみでなく、車体重量や走行条件など多くのことが関係する)
で決まる。よって、検査周期は設計の詳細が分からない使用者は決め
ることができない。したがって、ISO 12100 では設計者にその情報
を明示することを求めている。また、JIS 等に規定されている検査で
あっても、設計者はその規格等を指定して実施を求め、必要なら条件
(検査頻度、検査方式)を付加して伝えなければならない。部品の交
換も、時期や判定基準を具体的に示すことが求められる。これは、こ
の事故を契機にした調査で、車軸の探傷試験や交換が他の遊園地にお
いても必ずしも実施されていなかったことからも、設計者からの情報
伝達の重要性が分がる。
今回の例は、保全に関する十分な情報が伝えられ、それを着実に実
施することの大切さを再度考えさせる事故であった。生産現場で機
械・設備を新設・更新したときに、性能と立上げ(運転開始)に関心
が集まりがちではあるが、日々の安全作業のためには、いかに保全す
るかが大切な情報であるので、よく確認すべきである。
事故分析
使用上の情報の大切さ~設計者は個別具体的な指示を~
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安全安心社会研究
大型重機の安全確保に向けて
阿部雅二郎 【安全と健康 2009年7月号掲載】
大型重機の事故のニュースをよく見聞する。その事故防止ある
いは減少に向けて、さらなる安全性の向上、安全確保を図るため
に、取り組むべき方向性について、大型重機転倒事故事例を取り
上げて論じる。プロである作業者は事故につながる「誤り」をゼ
ロに維持し継続できるのであろうか。
人間への依存には限界がある
大型重機に限らず機械の安全を確保するために、主として何をより
どころあるいは何に依存すべきであろうか。言うまでもないが、人間、
機械あるいは両者が考えられる。人間は優秀で、特に日本人は勤勉な
ので、しっかり教育して人間に依存しようというのは、当たり前のよ
うではあるが限界がある。人間に依存するならば、人間の感覚や判断
が重要な役割を果たすことになるが、人間の感覚が機能発揮に努めて
も、「感じにくい」、「感じない」場合や「感じないことにする」場合
がある。人間が備えている感覚を単純に分類すると五感となり、その
うち、特に機械安全では、視覚、聴覚、体感を含む触覚、ときには臭
覚が大切となる。しかし、社会が豊かで便利になったせいか、人間の
感覚は鈍化傾向にあると思える。併せて判断の機能も鈍化しているよ
うである。人間に依存できる限界は低下していると言える。
事故事例にみる人間の誤り
安全確保に、これからも人間に依存し頼りにしてよいのだろうか。
写真に大型重機のひとつである基礎工事用機械(アースドリル)の事
事故分析
げ作業中に機械が転倒したものである。トラック 1 台と歩行者が下敷
きとなり、工事用機械の運転者も含め6人が死傷した。
こうした工事現場で起こりうる「誤り」の中身を列挙してみる。
「誤っ
た認識」の対象として、つり荷重量そのもののほか、機械を支える地
盤状況(地形《傾斜等》および地質《軟弱の度合い》)、つり上げ作業
時の機械の基本性能(つり上げ可能荷重と作業半径の関係)がある。
また、機械は水平で堅固な地盤上での作業を前提に設計されている。
使用者、運転者および作業者は全員正しく、誤りなく認識しているで
あろうか。「誤った操作」として、巻上げ中のつり荷が地中に一部埋
没している場合の横引きなどがある。大げさにいえば、地球を引っ張
るようなものである。「誤った判断、行動」として、転倒予兆を感知(体
感)した後の不適切な行動もある。機体の浮遊感を看過し、作業を継
続する行動に出ることもある。作業を早く終えたかったり、目の前の
ことが気になったりすると、とっさの判断で行動してしまうこともあ
ろう。
機械の周辺にいる人間は、こうした誤りによるリスクに常にさらさ
れているのである。単純そうな機械の作業においても、さまざまな誤
りの種は潜んでいる。人間の誤りは起こりうると考えるのが自然であ
る。それをできる限り起こさないのがプロであるはずだが、プロも人
間である。人間に依存するまま進めば、人間の誤りに起因する事故の
顕在化は今後ますます進むと思われる。便利さと引き換えに人間の感
性や判断能力は低下するだろう。やはり、人間に依存するのではなく ,
人間の誤りを許容する安全システムの現実的な構築が必要である。機
械に技術として、すきまなく安全を盛り込んでいくことが課題となる。
事故分析
故現場の様子を示す。マンション新築工事現場でケーシングのつり上
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安全安心社会研究
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ロンドンでの列車衝突事故
~人間にシステムの安全を依存することの限界 ~
平尾裕司 【安全と健康 2009年8月号掲載】
1999 年、イギリスのロンドン市内のパディントン駅で列車が
正面衝突し 31 人が死亡する事故が発生した。安全装置の不完全
性や運転士のヒューマンエラーなどが要因として挙げられ、人間
に依存しないシステムの重要性が痛感される事故となった。
運転士のブレーキ操作の誤りで列車衝突事故
1999 年 10 月5日の朝8時ごろ、ロンドン・パディントン駅を出
発したテムズ・トレイン社の気動車 3 両編成の下り列車と、ファース
ト・グレート・ウェスタン社の客車 8 両の両端にディーゼル機関車を
連結した上り高速列車 HST がロンドン・パディントン駅から約 4km
離れたランドプローク・グロープ・ジャンクションで正面衝突をし
た。この事故で、気動車は大破するとともに、気動車の燃料に引火し、
高速列車 HST の先頭機関車の後部の客車 1 両に火が広がり、死者 31
人、負傷者 423 人の大惨事となった。
この事故の直接の原因は、下り気動車の運転士が信号機の停止現示
(赤信号)を見落とし、その信号機の手前で停止せずに高速で安全が
保障されない区間に進入し、反対方向から来た上り列車に衝突したも
のである。衝突時の 2 列車の速度の合計は 210km/ 時に達したと想定
される。
鉄道はこれまでの 200 年近い歴史のなかで、多くの事故を教訓に、
人間は誤ることを前提として、運転士の操作ミスなどに対しても事故
に至らないよう独自の安全装置を発展させてきた。イギリスにおいて
事故分析
らに 5 秒以内に確認のボタンを押さなければ非常プレーキを動作させ
る AWS(自動警報装置)を 1950 年代にいち早く設置している。しか
し、AWS の欠点は、運転士が確認ボタンを押した後は、人間のプレー
キ操作に依存することである。このため、事故が多発したことから、
人間の操作によらずにシステムで列車を完全に停止させて安全を確保
する新型の列車停止装置の開発も進められていた。
人間に依存しない安全対策とその早急な実施の重要性
このような状況のなかで発生したロンドン・パディントン駅近傍に
おける列車衝突事故は、下り列車の運転士が AWS の確認ボタンを押
した後に停止信号を見落として進行(信号冒進)した結果であるが、
調査委員会によって関連するいくつかの事実が明らかにされている。
事故が発生したその信号機で過去6年間に8件の信号冒進があったに
もかかわらず何も対策がとられなかった。また、信号冒進があった場
合には列車運行センターで自動的に検出する装置が付加され、その検
出を受けて指令員が無線で列車に対して停止信号を送信することに
なっていたが、事故時には停止信号が送信されなかった。
重要なことは、人間に依存しない本質的な安全対策とその早急な実
施である。現在、イギリスでは、AWS に代えて運転士への依存を抑
えた TPWS(列車防護警報装置)が導入されている。
機械安全や労働安全においても、人間に依存しない安全対策とその
早急な実施が重要であることは同様である。
事故分析
は、運転士に対して前方の信号機が停止現示であれば警報を与え、さ
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安全安心社会研究
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東京温泉施設ガス爆発事故
福田隆文 【安全と健康 2009年9月号掲載】
東京都内の温泉施設で爆発があり、多数の死傷者が出る惨事と
く
なった。温泉とともに汲み上げられたメタンガスが機械室に充満
し、何らかの火花で爆発したのが原因と考えられている。しかし、
配管のメンテナンスについて施工業者から施段所有者に伝えられ
ていない、ガス濃度のチェックは誰が行うかがあいまいなまま操
業していた等、管理上の根本的な問題があった。本事故は、設備
の安全のためには情報の伝達と管理が重要であることを示してい
る。
汲み上げた温泉に含まれていたメタンガスが爆発
平成 19 年 6 月 19 日午後 2 時ごろ、東京渋谷の女性専用スパで爆発
事故が発生した。爆発は地下の機械室で起こり、1階にいた従業員ら
が被災し、3人が死亡、8人が負傷した。なお、浴室など客設備は幸
いにも別棟になっていた。建物は爆発により壁、屋根などが跡形もな
くなり、骨組みだけの無残な姿となった。
このスパは、食事、宿泪もできる女性専用施設で、女性にとって快
適な場所・サービスを提供するものであった。しかし一転して、ここ
で爆発が起こるなど、利用客はおろか従業員の誰一人として考えてい
なかったであろう。原因は、源泉と一緒に汲み上げられたメタンガス
を十分排気できず、機械室に充満したところに何らかの火花が発生し
爆発したものと推定されている。類似事故があったこともあり、この
設備の設計の際にガスの危険性は認識され、換気(吸気・排気)設備
などもあった。しかし、新聞報道によれば、①設計図面と実際の設備
事故分析
ていた図面ではガス検知器が記載されていたが実際にはなく、この図
面自体、設計業者とは別の業者の見積り用であった、③工事途中で排
気場所の設計変更がなされ、配管形状から配管内に水がたまりガスが
うまく排出されない可能性があったため、水抜きが必要となっていた
が、施設所有者にその旨が連絡されていながった、④ガス濃度などの
管理について、施設所有者は外部業者に委託したと主張し、設備管理
会社はガス関連の管理は受託していないと主張するなど筐理上の役割
認識がくい違い、多くの問題が浮かび上がった。
安全のための管理の重要性
この事故は、設備の補助的な部分の管理がおざなりにされた結果起
きたと考えられる。温泉の供給や客が入浴に直接使う設備の管理は営
業に直結しているので、設置時に十分配慮し実施されていたであろう。
しかし、サービスに直結しないような安全面の管理には十分な資源が
振り向けられないことがある。また、この事故でも問題になったよう
に、設備設計者・施工者・管理会社と発注者(施設所有者)との間で、
管理に必要な情報伝達の不備や理解のくい違いが生ずることがある。
残留リスク、つまり設備に残っている危険性は何であって、そのた
めに必要となる管理活動はなにか、それは誰が、どの程度の頻度で行
うのかを意識して協議・検討し、きちんと文書化し、それに従って実
施体制を構築し、その実施を定期的に確認することが肝心である。そ
のためには、設備設計者は所有者に安全に関する十分な情報を提供す
る、逆に所有者は設計者に提供を求めることが重要である。このこと
は、「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」にも盛り込まれて
おり、産業現場においても重要であることを強調したい。
事故分析
に違いがあり、吸気口が設置されていない、②渋谷区役所に提出され
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安全安心社会研究
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道路を走る危険物
~タンクローリー事故 ~
三上喜貴 【安全と健康 2009年10月号掲載】
タンクローリーの事故といえば、2008 年 8 月、首都高速 5 号
線で発生した横転事故(板橋事故)が記憶に新しい。速度超過の
ためカーブを曲がりきれずに横転したタンクローリーが道路側壁
に衝突し、満載していたガソリンと軽油で路面や側壁などが数百
m にわたって燃え、隣接するマンションの外壁も焼けるなどした。
全面復旧したのは 73 日後という大事故だった 1)。路上を走る危
険物のいくつかの事故とその教訓について考えてみたい。
LP ガス噴出、炎上事故
道路上を走る危険物にはいろいろあるが、タンクローリーに絞ると、
最も古い有名な事故は 1965 年に西宮市の国道を走行中の5t 積みタ
ンクローリーが運転手の居眠り運転により横転し、積荷の LP ガスが
噴出、炎上した事故がある。死者 5 人、重軽傷者 26 人、家屋焼失 31
棟という大惨事だった。科学技術振興機構(JST)の「失敗知識デー
タベース」2)を検索すると、タンクローリーの事故が 13 件ほどあるが、
じゅうてん
充 填・払出中の事故が 11 件で走行中の事故が 2 件。このうちの古い
方の事故が西宮の事故である。
この事故を契機として、当時の高圧ガス取締法施行規則が改正され、
移動計画書の届出制、移動経路の制限、長距離移動の場合は運転手2
人などという規則が設けられた。危険物、特に可燃物を積載したタン
クローリー事故の原点となる事故であった。
事故分析
一方、有害化学物質の大規模な漏出事故として有名なのが、1997
年8月5日早朝に東名高速下り線の静岡県菊川付近で発生したタンク
ローリー横転事故(菊川事故)であろう。積載していた脂肪酸クロラ
イド 1.6t が流出、雨水と反応して塩化水素が発生した。事故発生は
5時 33 分だが、当初漏れ出した危険物の正体が何であるか分からず、
6時 13 分には品名がクロロホルムであるとする誤った通報もあるな
ど危険物の特定が遅れ、出荷元作成の製品データシートが現地の消防
本部にファクスで届いたのは、
事故発生から4 時間後の9 時 36 分だった 3)。
危険物除去に必要な資材の確保、路面の清掃等にも手間取り、東名
下り線は 15 時間も閉鎖された。周辺住民にも大きな不安を引き起こ
した。事故後、危険物に対する非常時の処置が明記されたイエローカー
ドの携帯などが関係業界でも励行されるようになった。
事故から得られた教訓
これらの事故の教訓は何か ? まず運転手の疲労の問題が挙げられ
る。タンクローリーの運転手は普通車両の運転手よりは安全意識が高
いと言えそうだが、それでも疲労が重なれば事故につながる。板橋事
故の運転手も前夜の睡眠時間は3時間半だった 4)。
この事故では首都高速道路が運送事業者に対して 45 億円という巨
額の賠償請求を行い話題になった。一般に荷主は請負先の運送事業者
に対して保険に入るよう指導しているそうだが、小規模な事業者の賠
償能力の問題も提起された。
車両の危険物表示の問題もある。菊川事故の国会議事録を読むと、
日本の道路は国際接続していない、というのが危険物輸送の国連勧告
を採用しない理由だそうだが、そろそろ考え直してはどうか。
1)首都高速道路株式会社、社長記者会見、2008年10月14日
2)失敗知識データベース:http://shippai.jst.go.jp
3)国会議事録、参議院総務委員会、2001年6月26日
4)国土交通省、自動車運送事業に係る交通事故要因分析報告書第3分冊、2009年3月
事故分析
化学物質漏出事故
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安全安心社会研究
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充てん作業中のスキューバ用
アルミ合金製容器の破裂事故
武藤睦治・大塚雄市 【安全と健康 2009年11月号掲載】
平成 12 年 6 月、沖縄県の空気充てん所で、スキューバ用アル
ミ合金製容器(ボンベ)が充てん直後、破裂する事故が発生した 1)。
その際、充てん用ホースが飛び跳ねて作業者が打撲傷を負った。
この事故は従来起こりにくいとされてきた 6000 系アルミ合金の
応力腐食割れによるもので、その要因には労働災害防止のための
有益な知見が含まれている。
破裂事故の原因
破裂事故は、スキューバ用アルミ合金(A6351-T6)製容器に空気
を充てんし、容器圧力が約 20MPa に達した作業完了直後に発生した。
破裂時に飛散した 2 個の破片による被害としては、作業を半地下式の
充てん水槽内で行っていたため、設備の一部を破壊したにとどまった
が、飛び跳ねた充てんホースが作業者の右足を直撃し、打撲傷を負っ
た。この事故の発生メカニズムは、容器内に水分、塩分が浸入してね
じ部を腐食させ、容器の内圧と腐食の相乗効果によりねじ部にき裂が
生じ、そのき裂が充てんを繰り返す中で徐々に成長して、ある長さに
達した時点で破裂に至ったものと考えられている。
事故調査委員会の調査からは、以下の点が要因として指摘されてい
る。
①製造時に熱間加工を容器頭部に行うことで、その付近の金属組織
が変化し、腐食に対する耐性が低下した。
②容器の内圧が 0 の場合は充てん準備中に水分や塩分が容器内に浸
事故分析
③浸入した塩分、水分は、ねじ部のすきまで腐食を引き起こしやす
いこと。
④圧力容器は、破裂前にき裂が容器の厚みを貫通し、内容物が漏洩
することで圧力が低下し破裂には至らないよう設計されている。
しかし、この容器のねじ底部からき裂が進展する場合はその条件
が成立しにくく、破裂する可能性があったこと。
以上の要因が複合的に関与し、破裂に至ったものと推定されている。
対策としては、より耐食性がある材料に変更しても割れは発生するこ
とから、1年に1度の目視点検を行うよう規制すること、塩分、水分
の浸入防止措置をとることが挙げられている。
事故から得られる教訓
安全設計の観点からこの事故を分析すると興味深い点が見えてく
る。この容器の異常状態を何らかのセンサーで検知できただろうか ?
少なくとも、容器の内圧は、設計者の想定範囲を越えてはいない。き
裂の長さを観察していればよいが、容器がねじ底からのき裂進展で破
裂することをあらかじめ想定していなければ対応できない。
すなわち、リスク評価の最初のステップである危険源の同定におい
て、この破壊事故については破壊力学や材料強度についての基礎知識
を必要とするのである。その意味で、構造の異常状態を予測する手法
FMEA と、異常によって生じる危険源が人にどのような危害を及ぼし
うるかを検討するリスク評価を連動して実施する必要がある。労働現
場で、リスク評価を行う際、どのような異常、破壊が起こりうるかを
予測する必要があり、信頼性および品質管理等の専門家と協力して実
施していただきたい。このような取組みは、具体的な危険事象の導出、
ひいては作業者に対するリスク低減に有益であると考えられる。
1)本事例紹介は、高圧ガス保安協会の事故調査報告書を参考にしている。
事故分析
入しやすいこと。
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安全安心社会研究
新潟県中越沖地震の教訓と企業活動における
事業継続マネジメント(BCM)のあり方
渡辺研司 【安全と健康 2009年12月号掲載】
2007 年 7 月に発生した新潟県中越沖地震では、その約 3 年前
に発生した新潟県中越地震の際と同様に、サプライチェーンを経
由して被災地域の範囲を越えて全国的に自動車産業で操業停止な
どに波及した事例が見られた。本稿では、このような大規模災害
をも「想定外」としないような事業継続マネジメント(BCM)
のあり方について概説する。
新潟県中越沖地震の被害概要
新潟県中越沖地震は、新潟県上中越沖を震源とし 2007 年7月 16 曰
10 時 13 分に発生したマグニチュード 6.8 の地震である。住民への被
害は新潟県柏崎市を中心に県内近隣市町村や長野県の一部で家屋の損
壊、断水や停電が発生した。
また、柏崎刈羽原子力発電所で火災事故も発生し、当面の操業を停
止せざるを得ない状況に陥り、また、流通・小売業の大型店舗の被災
による閉店や中小企業や商店街が廃業するような事例も見られるな
ど、地元経済の復興へ暗い影を投げかけた。
サプライチェーンを経由した連鎖障害
新潟県中越沖地震では、柏崎市にあるエンジンの主要部品製造大手
の工場が操業停止となり、トヨタ自動車、ダイハツ工業が国内すべて
の工場で操業を停止、その他の国内自動車メーカーも生産を一部停止
したことから、全国の月間生産台数が前年比約 9%下落した。特定地
事故分析
27
自動車生産に大きく影響を与えたことになる。
この影響は自動車メーカーにとどまらず、何万点ともいわれる部品
や部材を納入する企業群も、操業や在庫にかかわる調整を余儀なくさ
れ、鉱工業の 2007 年7月の生産指数も落ち込んだ。
教訓に基づくその後の取組み
被災各社では現場レベルで被災の度合いを軽減できるような取組み
を実施している。例えば、工場建屋を耐震補強したり、生産情報のデー
タを毎日、他県にある事業所に専用回線経由でバックアップしている。
また、工作機械の固定方法に工夫を加えたり、天井配管に柔軟性を持
たせるといった工場内での対応に加え、同時被災しないような地域を
またがった形で生産拠点間に互換性を持たせることで、 生産全体とし
てのレジリエンス(しなやかな復元力)を確保しているところもある。
事業継続マネジメントの見地からの今後の課題
大規模地震の発生を事前に予測することは難しく、また、その発生
のど
周期が比較的長いことから、2004 年の新潟県中越地震後は「喉元過
ぎれば熱さ忘れる」となりがちであった。新たに学んだ教訓を、当該
地域内外とも共有しながら、企業における事業継続マネジメントの枠
組みに体系化して組み入れる必要がある。いずれにしても、被災経験
なりわい
の有無にかかわらず、自らの生業の再認識と重要業務におけるレジリ
エンスを確保するための愚直な取組みを行うのがBCMの基本であ
る。自らの高い問題意識によって、例え「想定外」の災害や事故が発
生したとしても、その企業に求められる社会的責任を全うする、とい
う企業経営としては当たり前のことをやり抜く備えをすることが最も
肝要なのである。
事故分析
域で発生した企業の事業中断がサプライチェーンを介して日本全体の
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安全安心社会研究
製麺機の事故例に学ぶ安全確認の
原則に基づく設計
杉本 旭 【安全と健康 2010年1月号掲載】
安全確認型の原則
安全には、「安全確認の原則」 がある。①安全は、確認されて初め
て 「安全」 であることが認められ、②危険を伴う行為 ( 運転)は、安
全が確認できないときは実行しない、という原則である。 これは、賭
け(不安な実行)を許さないとする確定論の立場であるが、これを徹
底すれば事故は決して起こらない。逆に、事故が起こるとしたら、安
全を確認しないまま行為を実行した場合である。事故の原因調査はこ
の状況を調査することであり、再発防止のためには、あらためて安全
確認をしっかりできるようにしたものに作り替えるということになる。
ここでは、この原則に準拠しないで起こった事故は、それに気づか
なければいつまでたっても解決しないという例をあげよう。 製麺機による指切断事故
昭和 63 年7月に起こった製麺機のカッターによる指切断災害であ
る。PL 法以前に起こったこの製品事故は、泥沼裁判の典型となった。
設計者の「私が設計した機械でこんな事故は起こるはずがない」、被
害者の「それではなぜこの事故は起こったのか」という主張のしあいで
3年間を費やし、この間、それ以上の実のある議論はほとんどなかった。
筆者が産業安全研究所に所属していた時代、筆者の「安全」につい
ての武器は「安全確認の原則」であった。事故の原因 ・ 調査のときには、
これが特に大きな武器となった。機械設備の制御部等の「安全確認→
事故分析
て起動を生ずるような故障がないかを探すのである。
さて、問題の事故だが、カッターが回転して麺を一定の長さに切る
という自動運転時には、スライダー(麺のスライド機構)がガードの
代わりとなって手の入るすき間はない。清掃のためスライダーを開く
とリミットスイッチ(LS)が OFF 信号となりカッターが停止する。
ところが、停止中のカッターが不意に回転して、清掃作業者の指切断
事故が起こったのだ。
原因調査 もともと、LS が OFF 信号のままではカッターが動くはずはないの
だが、どこかに危険側故障が潜んでいたというわけである。
原因調査を依頼されてチェックしてみると、不意に起動を生ずるよ
うな危険側故障が難なく見つかった。終わりの見えない争議が、たっ
た1日の調査で解決したわけだが、それは筆者の武器「安全確認の原
則」の威力にほかならない。下記の図を参照いただきたいが、簡単に
言うと「起動スイッチと停止スイッチを同時に押したら運転状態は
どうなるか?」の問題で、カッターが起動しようとする瞬間に LS の
OFF 信号が入った場合に不意に起動する不安が潜んでいた。本裁判
の関係者全員に集まっていただき、目の前で、カッターが回転する瞬
間を確認してもらった。
この問題を確率やリス
クの問題として処理しよ
うとする人がいたら、安
全確認の原則で 「確認な
くして安全というな」と
無責任を戒めてほしいと
思う。
製麺機事故の原因
カバーを開けると、リミットスイッチによりストッパー
が作動し、回転軸を止める機構になっていた。しかし、
起動状態でカバーを開けると、ストッパーが不安定な状
態になる場合(C)があり、この場合は、わずかなショッ
クでストッパーがはずれ、起動することが判明した。
事故分析
運転 OK」を仕込んだ部分を取り出し、そこに危険側故障、つまり誤っ
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安全安心社会研究
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発電機用ローターの試運転における破損事故
福田隆文 【安全と健康 2010年2月号掲載】
試運転中にローターが破損-その1
昭和 45 年 10 月に、重さ約 50t、長さ7m の 33 万 kW 発電機用蒸気
タービンローターが、 製造工場におけるオーバースピード試験中に破
損し、死者 4 人、 重軽傷者 61 人に及ぶ大きな事故が発生した。
ローターは大きく 4 片に分かれ、①空中に放出され 880 m飛んで海
中に落下、② 1,500 m飛んで山腹に落下、③現場床に突き刺さり、④
さらに 1 つは工場内を転がり、また、数多くの小さな破片も飛び散っ
て、周囲にいた人を死傷させた。原因は、その後の調査で内部の材料
欠陥であることが判明した。
試運転中にローターが破損-その 2
昭和 47 年6月に、60 万 kW 発電機用タービンが、発電所への据付
け時のバランス調整と試運転を実施中に 3 カ所で破損し、継ぎ手や
タービン翼が最大で 380 m飛ぶ事故が発生した。また、内部に入れて
あった水素ガスに着火し、火災も発生した。
定格速度までのバランス調整確認は終了しており、事故は、それ以
上の回転数での試験を行っているときに発生した。幸い人的な被害は
なかった。
原因は、①バランス調整が十分でなかったため、試運転中に振動が
起こり、それが起因となって軸受の一部が破損し、②その軸受が機能
しなくなったことでローター軸の振動はさらに大きくなり、③軸受、
事故分析
31
ある。
試運転は危険があると考え万全の体制を
これらの事故のローターはそれぞれ別のメーカーのものであり、原
因も異なるが、ともに大型回転機の事故であり、回転数が高いときに
持っているエネルギーのすさまじさを実感させる。
試運転は設計した機能を満たすことを確かめるためとともに、安全
上の問題がないかを確かめるために行う。つまり、まだ安全性が確認
されていないから行うのである。だから、 試運転は、 危険があると考
え、 それに対する十分な準備をして行うことが必要である。
と
試運転における危険は何も大型機だけの問試題ではない。砥石を交
換したときには、バランスをとり、そして回転試験を行う。この作業
を何回も行っているうちに、「まさか破損することはないだろう」と
思うようになっていないだろうか。また、油圧・空圧を利用する設備
であれば、吹出しや破裂があることを考えておかなければならないだ
ろう。
さらに、試運転は何も新規のものだけではなく、保全後に行うもの
もある。慣れた設備であっても、そこにある危険源を十分意識し、試
運転に臨みたい。
なお、その1の事例の事故後、その事業場では、試験は地中に掘っ
たピット内で行い、かつ、もし破損が起こっても破片が飛散しないよ
ふた
うな蓋を設けている。
事故分析
ハウジングやそれらを止めているボルトが耐えきれなくなったことで
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安全安心社会研究
化学プラントの大規模火災
門脇 敏 【安全と健康 2010年3月号掲載】
化学プラントの大規模火災
かみ す
2007 年 12 月、茨城県神栖市にある化学プラントで大規模火災が発
生し、4人の方が亡なられた。この化学プラントでは、ナフサ(粗製
ガソリン)や灯油などを原料として、石油化学製品の基礎原料である
エチレンなどを生産していた。火災発生時には、配管のメンテナンス
作業が行われていた。 作業中にバルブが突然開いて多量の油 1) が漏
れ出し、それが発火して大規模な火災に至った。
この火災事故は、事業場のみならず社会的影響も大きかった。それ
ゆえ茨城県は、大学や総務省消防庁の専門家も加えた火災事故調査等
委員会を設置し、事故原因や再発防止策の調査・検討を行った。
火災の発生原因と再発防止策
火災の発生は、バルブが突然開いたことによる油の漏えいと、発火
源の存在によるものであった。バルブが開いて油が漏えいした原因と
して、次のことが挙げられている。①バルブの施錠がなされていなかっ
た、②バルブ駆動用空気元弁が開いていた、③バルブの操作スイッチ
がオンになった。これらのことが同時に発生してバルブが開き、多量
の油の漏えいにつながったものである。また、可能性のある発火源と
して、1)電気火花、2)静電気火花、3)高温配管等の熱面、が挙げ
られている。しかし、発火源の特定には至っていない。
油の漏えいに対する策として、①バルブ施錠の基準化、②バルブ駆
事故分析
護、 が挙げられている。発火源に対する策として、1)電動工具使用
の基準化、2)帯電防止作業服などの着用、3)高温配管等の断熱被
覆の状態の点検、が挙げられている。また、今後の再発防止に必要な
こととして、事前のリスク評価とそれに基づくリスク低減対策、なら
びにマネジメントの強化が指摘されている。
労働安全衛生マネジメントシステム 改正労働安全衛生法が平成 18 年4月から施行され、それに基づき
改正「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」(厚生労働
省告示第 113 号)が公表されている。この指針の第 14 条には緊急事
態への対応が明記されており、緊急事態が生じる可能性を評価し、そ
れが発生した場合の労働災害防止措置を事前に定め対応することに
なっている。火災の再発防止の上でも、労働安全衛生マネジメントシ
ステムの構築は重要であり、今後、化学プラントでも幅広く行われる
ことが期待される。労働安全衛生マネジメントシステムを普及させる
手段として、中小企業主に対する労災保険の特例メリットや、一部の
損害保険会社の労災上乗せ保険等の保険料を割引くなどの制度が実施
されているが、さらなる制度の拡充が必要である。安全確保のために
保険制度の積極的な活用を検討すべき時が来ているのではないだろう
か。
1)漏れ出したのはクエンチオイルという冷却油で、高温の分解ガスに直接噴霧し冷却
するため使用される。
事故分析
動用空気元弁の閉・脱圧の基準化、③バルブ操作スイッチの隔離と防
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安全安心社会研究
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人工呼吸器チューブへのコネクター誤接続事故
大塚雄市 【安全と健康 2010年4月号掲載】
コネクター誤接続による死亡事故
平成 15 年、九州大学病院で、ネブライザー 1)コネクターの接続ミ
スにより患者が死亡する医療事故が発生した。事故の経過としては以
下のとおりである。
1 患者は救急搬送後、合併症治療のため集中治療部で 1 ヶ月間治
療を行っていた。
2 事故当日は、 人工呼吸器をはずして自発呼吸に移行できるか試
みるために、ネブライザーマスクでの吸入を行った。しかし、
末梢血酸素飽和度 2) が低下したため、再び人工呼吸器の使用
状態に戻した。
3 看護師が定期の吸入療法を行うため、挿管チューブにネブライ
ザーを接続する際、T 型コネクターではなくネブライザーマス
クで使用する L 型コネクターを接続した。
4 吸入療法開始 5 分後、医師が患者の血圧低下に気づき、ネブラ
イザー吸入を休止し、 用具による人工呼吸を行った。しかし患
者は最終的には亡くなった。
事故原因
この事故の直接原因は、前項3において、T 型と L 型のコネクター
を誤接続したことにある。呼吸には吸入と患者からの呼気の排出が必
要で、 T 型コネクターならば、一方が酸素チューブの吸入側に接続さ
事故分析
を行うことができる。しかし、L 型コネクターの場合、患者の呼気が
排出されず、吸入側からの圧力によって酸素が肺中に流入されるだけ
となる。この結果、肺に正の圧力がかかり、呼吸困難の原因となる。
この L 型コネクターと T 型コネクターは色や透明度が全く同じで誤認
しやすいため、病院側としても間違えないよう注意喚起を行っていた
とのことである。
人の注意に頼らない対策を
システム安全設計の考え方から検討すれば、人間の注意に頼った安
全確保の限界を如実に表しているように思えてならない。 普段、ネブ
ライザーマスクでは、L 型コネクターを利用するため、ネブライザー
を人工呼吸器チューブに接続する際に、意識をしないと L 型コネク
ターを普段どおり接続してしまう。医療従事者がいかに高い技能を有
しようとも、このエラーを完全に防止することは困難である。
誤接続防止のためにコネクターの形状を変更しておくことが対策と
して検討される。また、異常状態が酸素の吸入圧力で検出できうるの
であれば、管の体外部に安全弁や破裂板に類する構造を設置しておく
ことで、圧力が異常に上昇することを防止することも対策としてはあ
りうる。人に頼った安全ではなく、想定されるリスクに対して、シス
テム的な対策が必要となる。
労働現場でも、作業者の技能によってリスクが覆い隠されている機
械設備があるだろう。是非とも、国際規格に基づくリスク評価やリス
クマネジメントを積極的に行い、想定される危険事象の導出、ひいて
は作業者のリスクの低減を十分に行っていただきたい。
1)ネプライザー:液体の薬剤を噴霧する医療装置。
2)末梢血酸素飽和度:指先などの末梢組織における血中の酸素濃度分圧を大気中の酸
素分圧で除して%で表したもの。呼吸・循環機能が正常であるかの指標となる。
事故分析
れており、もう一方が吐き出し口として機能するため、持続的な呼吸
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安全安心社会研究
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グローバルな安全とは?
木村哲也 【安全と健康 2010年5月号掲載】
アクセルペダルが戻らず事故~大規模リコールへ~
2009 年8月 28 日、 アメリカ・カリフォルニア州の高速道路を走る
高級車レクサスから緊急電話が発せられた。「アクセルが戻らない、
トラブルだ、 ブレーキが効かない、交差点に近付いている、 つかまっ
て、つかまって、祈って」(訳筆者)。電話は衝撃音とともに途切れた。
この事故で4人の尊い命が失われた。
この事故はくアクセルペダルがフロアマットに干渉して戻らなく
なったことが原因とされ、メーカーであるトヨタ自動車(以下トヨ
タ)は、アメリカにおいて約 400 万台に対してリコール(回収・無償
修理)を実施した。 今年1月には、別の原因でアクセルペダルが戻ら
なくなる現象が報告され、230 万台に対してリコールが実施された。
次いで2月には、新型プリウスの ABS1)の不具合が報告され、国内も
含め 43 万台のリコールが実施された。これらのリコール対応費用は
数千億円に達し厳しい経済的損失が生じたとされているが、それとと
もに、会社としての安全に対する姿勢にも厳しい目が注がれることに
なった。
2010 年2月 24 日、同社の豊田社長が米議会下院監視・政府改革委
員会の公聴会で対応する様子がテレビで放映され、米メディアから「ト
ヨタバッシング」とも呼ばれる厳しい報道が相次ぐことになった。
事故分析
長い自動車産業の歴史の中で、同社は品質で世界的に高い評価を
得るようになっており、2008 年には新車販売台数で世界一になるな
ど、日本を代表するグローバル企業である。そのトヨタが、安全性と
いう自動車の根本的な部分で市場から課題を突き付けられた原因は何
か、 トヨタ自身の対応策から考えてみたい。
同社は一連のリコールを教訓に「グローバル品質特別委員会」を設
置し , アメリカ、欧州、 アジアなど全地域での統合的な品質向上活動
を開始した。2010 年 3 月 30 曰に開かれた第1回委員会では、次の項
目が議論された 2)。①最適かつスピーディなリコール等の市場処置決
定プロセスの構築、②各地域での顧客からの情報収集力の強化、③情
報開示の強化、④顧客情報を反映したさらなる安全技術開発、⑤人材
育成。
これらの項目を安全規格の視点から考えると、①③は「Honestly
and Quickly の原則」(事故発生時には正直に素早く対応することが
最も社会的混乱を防ぐ)に、②④はリスクアセスメントの「合理的に
予見可能な誤使用の明確化」と関連づけられる。すなわち、この 2 点
に関して、社会の安全の要求は、同社の想定を上回っていたと考えら
れる。
と こ ろ で 一 般 に、 生 産 現 場 で は 残 念 な が ら 「Honestly and
Quickly の原則」に背く労災隠しが見受けられ、また、リスクアセス
メントの未実施の生産設備もある。グローバル化というキーワードを
「利用者、価値観の多様化」と考えれば、中小企業を含むすべての企
業がグローバル化の波に直面している。今回の事案に見るグローバル
な安全の課題は、実は身近な課題かもしれない。
1)ABS:アンチロックブレーキシステム
2)トヨタニュースリリースを筆者が要約
事故分析
グローバル化の中で求められる安全 37
安全安心社会研究
38
ボイラー破裂事故の経験に学ぶ
三上喜貴 【安全と健康 2010年6月号掲載】
小説に書かれた明治の蒸気機関破裂事故
か たい
ふ とん
田山花袋の「蒲団」(1907 年発表)のー節に、東海道線の佐野(今
の裾野)と御殿場間で起こった蒸気機関車の蒸気機関(ボイラー)破
すさま
裂事故のことがでてくる。「 凄じい音がし(中略)機関が破裂して火
夫が二人とか即死した」
この小説は自然主義文学の誕生を宣言したともいわれる作品であ
せき ら
ら
り、物語は作者の実生活を赤裸々に描いたものだとされるが、事故に
ついてはどうも創作のようだ 1)。日本では、鉄道でも、工場でも、船
舶でも、ボイラーの破裂事故はそれほど頻発しなかった。
しかし、曰本で破裂事故が少なかったのは、ボイラーがある程度完
成されたころに工業化への道を歩み始めたからに過ぎない。これは幸
運なことだったと言えるが、深刻なボイラー破裂事故の経験が先発工
業国に生み落とした検査・保険事業について、真剣に学ぶ動機・機会
を失うこととなった。
第三者検査と保険事業の創設
産業革命の中心都市、イギリスのマンチェスターでは、頻発する破
裂事故への対策として、機械技術者協会会長の職にあったウィリア
ム・フェアバーンが音頭をとり、自分たちで雇った検査技師にボイ
ラーの安全性を検査させ、基準をクリアしたボイラーのみ保険を付保
するという仕組みを 1854 年に作り上げた。政府に頼らない、自律的
事故分析
南北戦争直後のアメリカでは、1865 年、ミシシッピ川を運行する
蒸気船でボイラーが破裂し、死者 1,200 人という史上最悪の事故が起
こった。これを契機に翌年、保険産業の中心都市コネチカット州のハー
トフォードに、マンチェスターをモデルとして、蒸気ボイラーの検査
保険会社が設立された。
ドイツ(当時プロシア)は、後発工業国であったし、イギリスやア
メリカと比べると安全に対する国家の関与は大きかったが、やはり蒸
気機関を保有する事業者が集まり、1872 年に蒸気ボイラー検査協会
を作った(今曰の TUV ラインラント)。
明治期の曰本の選択と現代曰本の課題 明治期の曰本が選択したのは、国や府県レベルの規則によるボイ
ラーの安全管理であったが、それ以前に第三者検査や保険という仕組
みの重要な役割に気付いた先駆者はいた 2)。イギリスのグラスゴーに
なおもと
留学してしいた高山直質は保険会社の検査基準害を曰本に送り、参考
にしてほしいと訴えた。政府で船舶検査を担当していた原田虎三は政
府を飛び出して 「コンサルチング・エンヂニア」を名乗り、第三者検
査業務を始めた。
ボイラーに限らず、今後、安全のグローバル化を進める際には、技
術基準の整合だけではなく、前述の先駆者たちのように、安全の制度
設計の重要性も忘れてはならない。
1)明治34(1901)年7月13日に横川―軽井沢問で起こった事故は状況が似ている。
花袋はこれを参考にした可能性がある。
2)「安心安全社会を構想した明治の先覚者達」、生活安全ジャーナル(3)、81-86、
2006年11月号
事故分析
な検査体制の誕生であった。
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40
安全安心社会研究
重機と自然は共生できるか?
~気まぐれ風に十分な対策を~
阿部雅二郎 【安全と健康 2010年7月号掲載】
強風によるクレーン転倒事故
屋外で使用するクレーンのような重機は、それを取り巻く自然、す
なわち大地および大気とうまく共生できないと安全性を確保できな
い。「軟弱な大地」、頻度は少ないが揺れる大地「地震」、さらに、動
たい じ
く大気「風」との共生が求められる。特に、曰常的に対峙する風との
共生への対策は不可欠である。
平成 22 年初めに、東京都で風による移動式クレーンの横転事故は
起きた。毎日新聞の記事によると、午前9時ごろ、工場建設現場で工
事用クレーンが横倒しになり、近くにいた作業員がクレーンのアーム
部分の直撃を受けて、右肩を骨折する重傷を負い、クレーン運転者が
足を打ち軽傷を負った。近くにいた工事関係者は「クレーンのアーム
を約 30m 伸ばして約 250kg の鉄板をつり上げる作業中に、方向転換
をしようとしたら突風にあおられた」と説明しているという。気象庁
によると、当時、現場地域で9時 13 分に最大瞬間風速 26m /秒を観
測し、事故発生時も強風が吹いていたとみられるとのことである。
風への対策
風は曰常的に吹くので、その対策はすでに取られている。重機側の
対策として、例えば、移動式クレーンは風より受ける荷重を考慮して
設計・製造されている。その構造規格によると、風より受ける荷重は
風速 16m /秒として計算することとされている。風速 16m /秒の風
事故分析
向かうと歩きにくい「強風」である。一方、人間側の対策として、ク
レーン等安全規則等によると、10 分間の平均で風速が 10m /秒以上
の強風時における作業の中止を定めている。
風が吹いているときの作業では、つり荷が風から受ける荷重への配
慮も重要である。上記の事故の作業では風からの圧力を受ける面積が
広い鉄板をつり上げていたため、つり荷が大きく振れたり、回転した
りした可能性がある。クレーンや荷が風から受ける荷重の大きさは、
言うまでもなく風速によるが、風速は重機が作業する場所の地形や地
表からの高さ、さらに、周囲の建築物環境等の影響を受ける。このこ
とを考慮して作業を計画し、実施することを忘れてはならない。
風対策は今後さらに重要に
異常気象が叫ばれるようになって久しい。突風や竜巻の発生頻度や
規模は各地で拡大しつつあるように思える。風は気まぐれである。突
風がいつ吹くか等、予測は簡単とは言えない。当たり前であるが、機
械側の対策を強化しつつ、人間側である管理上の対策を怠りなく実行
することが基本である。例えば、後者として今後さらに重要になると
考えられるものに、管理者や運転者へ現場の状況に応じた局所的な風
の状況等の情報を随時提供するシステムの確立および運用が求められ
る。情報は正確に伝わらないと意味がなく、風速等提供する情報の定
義、内容等を明確にしておくことにも留意が必要である
いずれにしても、自然はますます凶暴になることを念頭におき、で
きることから改めて始めるしかない。
事故分析
は、気象庁が採用している風力階級表では、樹木全体がゆれる、風に
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42
安全安心社会研究
湘南モノレール衝突事故
~制御ソフトウエア設計の重要性~
平尾裕司 【安全と健康 2010年8月号掲載】
ブレーキ力不足で駅所定位置に停止せず分岐器に衝突
2008 年2月 24 日の朝9時 54 分ごろ、湘南モノレール江の島線西
鎌倉駅に進入した下り列車がブレーキ力不足となり、所定の駅停止位
置に停止できずにその先の分岐器に衝突した。西鎌倉駅ですれ違う予
定であった上りの列車は、下り列車が同駅に停止できずに走行してく
るのを発見したため、非常ブレーキをかけて下り列車の 19m 手前で
停止した。双方の列車の乗客および乗務員(計 42 人)には死傷者は
なかったが、下り列車の車両および分岐器等の施設が損傷した。
この事故が発生したのは、列車のモーターを駆動制御する VVVF(可
変電圧可変周波数)インバータが、高周波電磁雑音(ノイズ)の影響
で加速継続状態となったためであり、その直接の原因はノイズである。
しかし、VVVF インバータ制御用のマイクロコンピュータのソフトウ
エアの構造が適切ではなかったことが、ノイズによって減速制御不能
な状態に至った根本理由であり、ソフトウエアの安全設計の重要性を
再確認する必要がある。
VVVF インバータ制御用のマイクロコンピュータには、正常な動作
をしているかを診断するウオッチドッグタイマ(決められたタイミン
グでマイクロコンピュータから出力があるかをチェックし、異常な場
所には主回路電流遮断指令を出力)も設けられていた。しかし、2 つ
ある VVVF インバータのうち1つにおいて、ノイズによってマイクロ
コンピュータが割込禁止状態になり、その結果、ウオッチドッグタイ
事故分析
ことになった。これにより、ブレーキ操作という運転士の新たな運転
操作を認識せず直前の加速継続状態を維持し、衝突事故に至った。
制御用ソフトウエアの安全設計の重要性
安全に関する装置・システムのソフトウエアには、装置・システム
の機能を実現することだけでなく、ハードウエアは故障することや人
間はミスをすることを前提とし、そのようなことが生じた場合におい
ても安全を確保するための考慮が必要とされる。コンピュータ制御シ
ステムにおいては、制御回路上の故障やその他異常をどこまで対象と
し対策を実現するかの検討が重要である。今回の湘南モノレールの衝
突事故は、割込処理というタイミングを含む複雑な条件下での故障・
異常によって生じたものであり、安全に関係する装置・システムのソ
フトウエアの適切さの重要性を再確認する機会となったといえよう。
このようなコンピュータ制御の安全確保のための要件(機能安全)
については、ソフトウェアの開発時のドキュメント管理を含め、国際
規格として定められている。
工場現場にもコンピュータ制御の装置・システムが多く導入される
ようになっており、機械安全や労働安全の分野においても、今後、ソ
フトウエアの安全設計の重要性が増すことになろう。
事故分析
マには信号を出力するものの、加速減速制御処理をスキップし続ける
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安全安心社会研究
船倉における酸欠事故
~法令遵守とリスクアセスメント~
福田隆文 【安全と健康 2010年9月号掲載】
盲点を突く酸欠事故
1986 年8月にカメルーン・ニオス湖周辺住民約 1,700 人が死亡す
る自然災害があった。住人が逃げようとした形跡はなかった。後の調
査で、原因は、湖底から噴き出した二酸化炭素が湖水に高い濃度で溶
解しており、そのガスが一気に噴出し周辺の空気を排除した結果、酸
欠になったと推定されている。酸欠は目に見えないだけに、逃げるこ
ともできなくなる恐れがあるので予防が肝心である。
労働現場でも酸欠による災害が繰り返されている。平成元年から
21 年までに酸素欠乏症の労働災害で 353 人が被災し、うち 163 人が
亡くなっている。これらでは、作業主任者を置かず、酸素濃度測定を
行っていない結果の事故、つまり法令を遵守していれば防げた事故が
散見される。
一方で、ある程度、法令上の対応がされていたと考えられるケース
でも事故が発生している。2009 年6月、海外から到着して鉱石運搬
船で荷降ろし準備のため船倉に降りた作業員が倒れ、救助しようと続
いて降りた2人も倒れた。消防による救助後、全員の死亡が確認され
た。船倉は縦 24m、横 18.5m で、鉱石上面までの深さは 9m であり、
ハッチ(屋根状のカバー)を開き、クレーンで作業用重機をすでに下
ろしていた。井戸のような筒状の空間でもなく、ハッチも開いていた。
さらに、作業前に船倉内 6 カ所で酸素濃度が測定されており、20.9%
と大気と同等の数値が記録されている。しかし、作業者が降りたタラッ
事故分析
が低かった可能性が指摘されている。この点に事前に気が付ければ、
事故は防げた可能性がある。 法令遵守とリスクアセスメント
労働現場の対応としては、まず労働安全衛生関係法令を遵守するこ
とが重要である。労働安全衛生法別表 6 に規定されている作業場所で
あれば、作業主任者を配置するとともに、酸素欠乏症等防止規制(酸
欠則)で作業開発前の酸素濃度測定、空気呼吸器等の配備等が規定さ
れている。これらは、過去の事故から学んだ対策であり、怠れば過去
に経験した事故が再び発生しうることを意味している。
一方、法令上の実施事項は一般的な形で示されているため、それを
単に実施するのでは対応が漏れる可能性もある。そこで、職場の現状
を踏まえた上でリスクアセスメントを行い、「法令遵守に漏れはなく、
現状に合った内容か」「さらに安全性を高める方策はないか」などを
見ていくことが重要となる。
リスクアセスメントが普及したことが望ましいが、法令を遵守し基
本的な安全確保を実施することがまず前提である。その上で、さらに
安全性を向上させるためにはリスクアセスメントの実施が重要である
ことを忘れてはならない。
なお、その際には過去の事故事例から学ぶことも大切である。本
稿執筆でも参照したが、安全衛生情報センター (http://www.jaish.
gr.jp/) には、さまざまな災害事例が掲載されているので、こういった
情報を活用していくことも有効である。
事故分析
プ付近は測定されておらず、ハッチの構造から、この個所の酸素濃度
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安全安心社会研究
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120年前の2つの火災と電気安全
三上喜貴 【安全と健康 2010年10月号掲載】
れいめい
今回は、約 120 年前の電気事業黎明期、曰米両国それぞれの電
気安全のあり方に大きな影響を与えた二つの火災を取り上げる。
1893 年のシカゴ万博と保険会社の反応
れいめい
今回は、約 120 年前の電気事業黎明期、曰米両国それぞれの電気安
全のあり方に大きな影響を与えた二つの火災を取り上げる。
1893 年のシカゴ万博と保険会社の反応 電気の利用は曰米ほぼ同
時に始まった。エジソンの会社(後の GE)がニューヨークで発電所
の営業を始めたのは 1881 年。曰本では、その翌年に東京電灯(後の
東京電力)が営業を開始した。両国において、夜間照明を最も早く導
入したのは夜も休まない工場であり、その初期には火災が頻発したよ
うだ。
ファクトリーミューチュアル保険の主任技師は、1881 年にニュー
イングランドで電灯照明を導入した同社の付保対象 65 工場のうち、
半年間に 23 工場で火災が発生したと報告しており、これに対処すべ
く、各火災保険会社は電灯設置基準を作成した。米国で電気安全に真っ
先に反応したのは保険会社であった。
しばらくして、1893 年に開催されたシカゴ万博では、電球 10 万本
が使われて電気の時代の幕開けを世に知らしめたが、その陰で、会場
には頻繁に消防車が出動せざるをえなかった。これに手を焼いた保険
会社は、ある電気技術者を雇って電気設備の徹底検査に当たらせた。
この技術者こそ、検査機関 Under w riters Laboratories 社(米国保
事故分析
1891 年の帝国議事堂炎上と政府の反応
曰本では、1891 年1月 20 曰未明に起こった帝国議事堂の火災が、
電気安全に関するその後の制度設計を方向付けた。第1回帝国議会が
迎えた最初の冬、まだ珍しい電灯照明を施した木造の仮議事堂が全焼
するという惨事が起こった。「引込線の上を火が走った」などという
流言が飛び交い衆議院書記官長は電灯原因説をとった。真の原因が解
ていしん
明されぬまま、逓信省は各地方長官に対して 「電気事業を営むものが
あるときは、取締方法を定めて逓信大臣の許可を受け、しかる後に事
業を許可せよ」と訓令した(電気事業が経済産業省の所管となるのは
戦後である)。当時の地方官庁には電気安全などを審査する能力はな
かったが、例えば東京府では、警視庁が電気事業取締規則を定めて事
業認可の基準とした。この規則には、落成検査、技師長の配置、電気
工作物の試験などの規定がおかれ、政府による電気安全規制の骨格が
定まった。
火災の直後、わが国電気工学のパイオニア志田林三郎は「電灯の安
うんぬん
危を論じ云々」と題する長文を電気学会雑誌(第 32 号、1891 年 3 月号)
に寄せ、電気事業者は施設の検査を怠らないこと、しっかりした知識
を持つ電気技師を雇うことなどを提言しているが、保険社の積極的な
反応や民間のイニシアチブによる検査機関の誕生は、当時の日本では
望むべくもなかった。
こうして 120 年前に日米は異なる二つの道を歩み始めた。近年、日
本の仕組みも次第にグローバルな制度に歩み寄りつつあるものの、ま
だ隔たりは大きい。官民学がともに考えなくてはならない課題である。
事故分析
険業者安全試験所)の創設者メリルであった。
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安全安心社会研究
風力発電用風車の倒壊事故
~保守における意識差 停止中の風車の倒壊~
武藤睦治・大塚雄市 【安全と健康 2010年11月号掲載】
2007 年 1 月 8 日、青森県東通村岩屋地区の風力発電設備で倒
壊事故が発生した。この風車は 1 月に発電系統の故障のため停止
中であり、風車翼が風による荷重を受けない状態にするために、
固定ブロックを用いてアイドリング状態注 1)としていた。しかし、
このブロックの固定が不十分であったために、脱落して油圧系統
を損傷させた。そのため翼のピッチ角度を制御していた油圧が失
われ、2つの翼がファイン状態 2)となり、ローターが過回転(事
故時は定格の倍の 38rpm)した。このため風車基礎部にかかる
モーメントが耐力以上となり基礎部が破壊し、倒壊に至った。
フェールセーフ(安全側故障)の重要性
この事例では、アイドリング時の風車の信頼性の確保のために、油
圧によるピッチ角制御と固定ブロックという二重の対策が施されてい
たが、事故時はどちらの機能も喪失状態であった。その場合、過回転
が生じることは事故後の解析結果からも明らかである。事故の最終報
告書でも挙げられているとおり、油圧の異常を検知してブレーキをか
けるなどの、故障時に安全状態を保つ対策が必要であったと考えられ
る。また、過回転時に負荷を支えるアンカーボルトについて、引き抜
きによる実性能の検討が行われていない。アンカーボルトの耐力が、
定格回転数の2倍で破損するという低い設計裕度しか持っていなかっ
たことについては疑問が残る。油圧制御という安全機能について、
フェールセーフの検討がもう少し必要だったのではないか。デンマー
事故分析
る条件自体が大きく異なれば、その影響は当然検討する必要がある。
保守における設計者と作業者の乖離
設計者は、自身が設計した部品が当然その機能を発揮することを期
待する。しかし、それは保守を行う作業者の協力が前提である。本事
例でも、固定ブロックという安全上重要な部位について、実際の作業
内容がマニュアルから逸脱し、その固定にトルクレンチが使用されて
いなかった。設計者が当然のこととして要求する作業が、実は風車の
信頼性確保上不可欠な作業であることが、果たして作業者に認識され
ていたのであろうか(実際、この作業の失敗によってボルトの耐力を
超える負荷を受けている)。保守点検において、締め具のトラブルは
特に注目されるエラーである。設計者自身が、保守点検でのエラーの
防止として、エラーに対応した作業指示書などの工夫を行っていく必
要がある。一般機械においても、保守点検を作業者に求めながらその
内容を省略するなど、保守の重要性を自らが貶(おとし)めているよ
うなマニュアルが少なくない。保守点検おけるトラブル防止のために
は、設計者と作業者が協調して、保守点検のリスク評価を行わなけれ
ばならないのである。
1)主軸ブレーキを開放してロックし、固定ブロックを用いて3つの翼が風の流れる方
向と平行になるようにして風を逃がす状態(フェザリング状態)
2)翼面が風の方向に垂直で、風を最も受け止めやすい状態。
事故分析
ク製の風車を、風況がまったく異なる日本で利用したが、設計してい
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安全安心社会研究
地下送電線の爆発事故
~確実な作業手順の大切さ~
福田隆文 【安全と健康 2010年12月号掲載】
送電線の絶縁油に着火し爆発
2009 年暮れ、市道下に敷設されていた基幹送電線の工事中に爆発
が起こった。マンホールのふたが吹き飛び、アスファルトが飛び散り、
炎や煙が立ち込めた。幸い、この事故による人的被害はなかったが、
鎮火には3時間半を要した。爆発事故は、工事のため送電を休止して
いた墓幹送電線に送電を再開した後、再度停止し、別の作業を行って
2度目の送電再開時に起こった。
この事故の原因は、2度目の送電を行う前に残留電荷の放電を行わ
なかったことと推定されている。1度目の送電前には電荷の放電を
行っていたが、2度目の送電前には、すでに行っているから不要と思
い込んで行わなかった。このため、送電開始時に絶縁耐圧以上の過電
圧が発生し、絶縁が破壊された。ケーブルが破損した結果、アークに
より絶縁油が発火し、爆発事故に至った。
その後の対策として、操作指示伝票の中に残留電荷放電を確認する
こととその理由を記載し、さらに実施したことを確認しないと送電で
きないようにシステムを変更した。
流体の残圧による事故
この事故は基幹送電線という特殊な場所で起きたが、通常の作業で
も類似のことはないだろうか。設備内にあるコンデンサーの負荷もす
ぐにはなくならないし、電気だけではなく、油空圧機器の残留圧によ
事故分析
油空圧機器の残留圧による事故は、①空調機の配管内の残圧により、
取り外している最中の配管のキャップが突然飛び出し、作業者が吹さ
飛ばされた事故、②オートクレーブ 1) で残圧開放弁を開けた際の作
動が不十分であったため、残圧のある状態でふたを開け高温液体が噴
出した事故、③粉体輸送車のタンク上のハッチが解放時に残圧により
急激に開き、作業者が墜落した事故、などさまざまな産業現場で起こっ
ている。
機械安全設計の国際安全規格(JlS B9700)では、動力供給を遮断
したら可能な限り自動的に減圧させる、それが不可能なら減圧装置を
設ける、等を求めている。作動中は加圧していることを意識している
が、停止中は圧力がないものと考えがちである。しかし、機械が停止
操作後も惰性でしばらく回転し続けるのと同じように、残圧も必ずし
もゼロとはならない。
このような事故をなくすには、停止すると残圧がなくなるような設
計になっているか、それが無理なら残圧への警告がなされているか、
加えて、手順書に残圧がないかの確認や残圧処理の実施が記載されて
いるか、さらには、その手順の意味が理解され、守られているか(守っ
ているか )、について点検することが大切であろう。
1)オートクレーブ:内部を高圧力にすることが可能な耐圧の容器で化学反応や滅菌処
理などを行う
事故分析
る事故も発生している。
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安全安心社会研究
アミューズメント施設での落下事故
~安全装置を無視したことによる事故~
福田隆文 【安全と健康 2011年1月号掲載】
シートベルト未着の搭乗者が落下
2005 年4月 18 日午後、東京都内のアミューズメント施設で、下半
身が不自由な方が遊具から落下、死亡する事故が起こった。この遊具
は、人の乗った椅子が前傾し、最大約 10m まで上昇下降する。この
とき、下方からの風を受け、また床面の大型ディスプレーに映し出さ
れる地上の映像を見て、高度 1 万 m からのダイビングを疑似体験でき
るものであった。
高い位置で椅子が前傾するため、人の落下対策として、腰部のシー
トベルトと肩部のハーネスの両方で体を固定するようになっていた。
被災者は体が大きく、シートベルトを装着できず、ハーネスだけを装
着して搭乗した。実は、ハーネスを装着しただけで運転することは、
それ以前から行われていた。
この日も、運転担当者は、現場責任者に報告していたが、被災者が
下半身不自由であることを伝えなかったために、ハーネスの固定を
しっかりすればよいと判断されていた。しかし、被災者の場合、足で
踏ん張ることができなかったため、椅子が高さ約5m の位置にあった
ところから落下した。
この遊具導入時に作成された運営マニュアルには、両方の固定がで
きない場合、搭乗を断ることになっていいたが、運営をしている間に
マニュアルが改訂され、シートベルトが未装着でも例外的に運行を許
可する旨が記載されていた。
事故分析
マニュアルの策定にかかわっていた開発者が、その改訂にはかか
わっていなかったことが、事故後の社内調査で分かった。このことは
問題であるが、より根本的な対応としては、シートベルトとハーネス
が装着されないと運転できないように装備の設計を行うことである。
現場での適切な管理は大切であるが、どうしても搭乗者の希望に添い
たいという気持ちと、運用をスムーズにしたい気持ちから、ついつい
許容して運転しがちである。
機械安全の国際規格 ISO12100 や機械の包括的な安全基準に関する
指針が、実施可能なことは機械・設備で対応することを求めているの
は、このような理由が大きい。設計者は安全装置を設置して事故を防
ぐと同時に、安全装置があることにより作業がしづらくなることのな
いように十分配慮しなければならない。そうしないと、せっかくの安
全装置が無効化されてしまう。むしろ、このような配慮をすることで、
作業がしやすく、生産性のよい機械・設備、つまり安全性と生産性が
両立した設備とすることができる。
一方、安全帯の装置のように、作業者の自主的な管理が重要なこと
も多くある。
「装着しないで事故なく作業ができたことがあるから」、「これは
ちょっとした作業だから」などと考えずに、保護具を常に適正に使用
し、いつ事故の芽と遭遇しても大事に至らないようにしたい。
事故分析
機械設備での対応を最優先に考える
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安全安心社会研究
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人工心肺装置の送血ポンプのチューブ破損
~説明義務、警告義務とは~
大塚雄市 【安全と健康 2011年2月号掲載】
送血ポンプのチューブ破損
平成7年7月 12 日、千葉県内の病院において、心臓に「右室二腔症」
きょう さく
があるとの診断により右室流出路の 狭 窄部拡大のための心臓手術を
受けていた患者が、人工心肺装置中の送血ポンプのチューブ破損によ
り血流中に空気が混入して脳梗塞を発症し、言語障害、右手運動障害
等の後遺症を負った。
この医療事故に対して損害賠償請求訴訟が提起され、臨床工学技士
に対しては、安全性確保の義務から生ずる機器監視義務に違反してい
た過失が認定され、人工心肺装置の製造会社に対しては、本件機器の
操作に関する製造者としての説明ないし警告の義務に違反する過失が
認定された。
“想定外”の事故に対する注意義務
この事例では、ポンプ内でローラーとともに回転していたチューブ
ガイドの先端部の角が、浮き上がっていたチューブの一部分に接触し、
せんこう
チューブの外壁を削り、3㎝の穿孔をもたらしたことが、亀裂の発生
機序であると認定されている。また、亀裂から空気が流入して患者の
脳内に流入したため、重篤な脳機能障害をもたらしたことが認定され
ている。
本来、チューブの浮き上がり等を防止する機能を有していた上側
チューブガイドが、ポンプ外のチューブの締め付けが不十分であった
事故分析
通常、チューブの破損は想定外であるため、臨床工学技士の注意義
務違反には当たらないと主張したが退けられた。技師の役割は人工心
肺装置の操作全般に及ぶものであり、空気混入を検知するエアート
ラップの監視も当然含まれると判示されている。
製造者の説明義務および警告義務
製造者は、製造物責任法施行直前に、「チューブ装着後はチューブ
ホルダーにてチューブを確実に押さえて下さい」という警告ステッ
カーを貼付したとされている。それでも、人工心肺装置の故障は患者
の生命にかかわる重篤なリスクを有するので、この事故で起きた現象
をあらかじめ具体的に警告すべきであったとして、過失が認定されて
いる。
この事例はまさに、リスクアセスメントを行い、具体的なリスクと
その対応策を明示することを求めているものである。使用者の臨床工
学技士が、チューブの固定不十分によって摩擦、チューブ破断に至る
機構を自力で予測し、対応を検討することは到底不可能である。であ
るからこそ、製造者のリスクアセスメントにより、具体的なリスクシ
ナリオに即した対応の提示が不可欠となる。特にどのように故障に至
るかについては、専門家である製造者のみが想定しうるもので、製造
者は、どのような対策によって未然に防止しているのかを、具体的に
示すことが要請されている。
製造現場の機械の取扱説明書も、そのような観点で見直していただ
きたい。それによりリスクの低減につながることが期待される。
事故分析
ために機能せず、チューブが浮き上がったとされている。
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安全安心社会研究
56
始業時点検
年
月
日
機種名
外観点検票
No.
点検実施者名
管理番号
医療機器安全管理責任者
点検箇所
外装
電源コード
各種ケーブル
表示部
ツマミ・スイッチ類
付属機器
電気・ガス設備
.
点検項目
破損やネジの緩み、ひび割れ、汚れ(油・血液等)は
ないか
プラグやコネクターの破損、コードの亀裂や傷はない
か
プラグやコネクターの破損、ケーブルの亀裂や傷はな
いか
表示機(液晶パネルや CRT など)に破損はないか
ツマミやプラグ、スイッチの破損や緩み・抜けはない
か。また、スムーズに動くか
付属機器(センサーやホルダーやオクルーダーなど)
に破損やひび割れ、紛失はないか
壁面コンセントや医療ガスアウトレットの破損やひび
割れはないか
評価
合・否
合・否
合・否
合・否
合・否
合・否
合・否
排気口
排気口はきれいでつまりはないか
合・否
稼働時間
ローラーポンプ等の稼働時間の記載
合・否
(社)日本臨床工学技術士会では、「医療機器の保守点検に関する計画の策定及び保守
点検の適切な実施に関する指針」などを作成し、医療機器の適正な取り扱いを普及促進
している(図は同指針に示される人工心肺装置の保守点検チェックリストの抜粋)。
図提供:社団法人日本臨床工学士会
事故分析
門脇 敏 【安全と健康 2011年3月号掲載】
事故の概要
2007 年 8 月 20 日、中華航空ボーイング 737-800 型機が那覇空港に
着陸した直後、エンジン部から出火して炎上し、機体は大破、一部を
残して焼失した。
同機には乗客 157 名と乗務員 8 名の計 165 名が搭乗していたが、短
時間のうちに全員が機外へ脱出し、死傷者はいなかった。
この事故では、同機が那覇空港に着陸した後、主翼のスラット注)
を格納する際に、右主翼内の燃料タンクにボルトが突き刺さって壁面
は こう
に破孔が生じ、ここから多量の燃料が機体外に漏れ出した。そして、
漏れ出した燃料が右エンジンの高温部に触れて発火し、機体全体が炎
上するに至ったのである。
燃料タンクにボルトが突き刺さって破孔が生じたことについては、
スラットのアーム(支柱)の後端に取り付けられていたボルトが脱落
し、それがスラット格納の際にアームに押されたことによると推定さ
れている。また、ボルトの脱落については、中華航空が事故の前月に
ボルトを締め直した際に、ワッシャー(留め具)を付け忘れたことが
原因ではないかといわれている。
乗務員に対する国民の反応の違い
事故機の乗務員に対する国民の反応は、台湾と日本の両国で大きく
異なっており、大変興味深いものがある。台湾では、これだけの大事
事故分析
中華航空機炎上事故
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58
安全安心社会研究
故が起きたにもかかわらず死傷者を出さずに全員を脱出させたことに
対して、機長や客室乗務員に賛辞が寄せられていた。一方日本では、
彼らは乗客全員を無事に脱出させ、また事故原因との直接的な関係が
なかったにもかかわらず、賞賛されるどころか避難時の対応のまずさ
が指摘されていた。
日本では、事故を起こした当事者および関係者を糾弾し、責任を厳
しく追及する傾向がある。この事故では結果的に死傷者は出なかった
が、一つ間違えれば大惨事になっていた可能性があることから、乗務
員を英雄視することにためらいがあったのではないかと推察される。
米国では、2009 年1月 15 日にハドソン川に機体を不時着させた機
長が英雄視されているが、同様な事故が日本で起きた場合、同じ反応
が生じたかどうかは疑問である。
安全の確保
われわれは事故が起きると、その原因を突き止め、明らかにし、そ
れをもとに安全を確保しようとしてきた。つまり、安全の確保には事
故の原因究明が不可欠ということになる。
日本では、事故を起こした当事者に対し、責任を厳しく追及して罰
を与えるという制度をとっている。時折、事故の責任追及の過程で当
事者の協力が得られず、事故原因が明確にならないケースがある。当
事者の協力が得られないと、事故から得られる情報が少なくなり、将
来の安全確保につながらなくなってしまう恐れがある。この問題をク
リアするためには、何らかの解決策を考えなければならない。海外に
おける免責や司法取引の制度を検討することも、賢明な術の一つでは
ないだろうか。
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